二分遅れのバス停
三宅晴香は、ポン太のリードを妹へ渡すためだけに家を出た。
明朝から入院する。担当医は治療の予定を紙へ書き、退院の時期には線を引かなかった。十六歳のポン太を病院へ連れていけないことだけは、その場ではっきり分かった。妹の菜摘が実家で預かると言い、仕事帰りのバスで迎えに来ることになった。
いつもの停留所まで七分。ポン太の足なら二十分。晴香はボストンバッグを先に妹へ送っておき、今夜はリードと小さな薬袋だけを持った。
ポン太は玄関を出ると、逆方向へ曲がろうとした。毎晩の散歩では川沿いへ行くからだ。晴香がバス停を指すと、不満そうに立ち止まり、それからゆっくりついてきた。
自動販売機の前で休み、工事現場の黄色い柵を嗅いだ。晴香は何度も時計を見た。急ぐ理由はないのに、バスが先に着いてしまうのが怖かった。ポン太を抱けば間に合う。それでも、彼が自分で歩く最後の道を短くしたくなかった。
停留所へ着いたとき、時刻表の数字を二分過ぎていた。ベンチに座ると、ポン太は晴香の靴の上へ前脚を載せた。体重は昔の半分になったのに、その重さだけは変わらない気がした。
遠くでエンジン音がする。晴香は薬袋を開き、朝夕の錠剤に油性ペンで丸をつけた。説明は紙に書いてある。妹に泣かれると困るから、余計な言葉は準備しなかった。
バスが止まり、菜摘が大きな毛布を抱えて降りてきた。晴香の顔より先にポン太を見て、しゃがんだ。
「遅かったね」
ポン太は尻尾を一度床へ打った。晴香は薬袋を渡し、首輪の緩みを指一本ぶん確かめた。
菜摘がリードを受け取ろうとする。晴香の手は輪から抜けず、二人の指が一瞬重なった。ポン太が前へ一歩出ると、革が軽く張った。
菜摘が抱えてきた毛布は、実家でポン太が使っていた青いものだった。端に噛み跡が残っている。晴香は毛布を広げるのを手伝い、薬袋をその中央へ置いた。ポン太は匂いを確かめると、前脚だけを布へ乗せた。
晴香は指を一本ずつ開いた。最後の輪が手首を離れ、菜摘の右手へ収まった。