二十三時の入室記録
寄宿学校の定期試験前夜、椿原真白は保健室で熱を測っていた。
その間に、寮の部屋へ誰かが入った。
翌朝、監督教師が真白のマットレスの下から、数学の解答冊子を見つけた。まだ封を切る前の試験用だった。
「特待生って、そこまでして成績を守りたいんだ」
寮長代理の貝塚麻那が、廊下で聞こえる声で言った。
真白の靴が雨の日だけ外へ出され、洗濯物が床へ落ちることは何度もあった。麻那はいつも「寮生活ではよくあること」と笑った。だが解答冊子は、退学にもなる。
同室の生徒は、麻那に逆らえば次は自分だと目を伏せた。真白の机には以前から《特待取消しまであと一回》と書いた紙が入り、共有浴室では制服を濡らされたこともある。真白は紙を一枚ずつ保管していたが、今回だけは誰かを疑う言葉を口にしなかった。
校長室で真白は、昨夜の居場所を説明した。養護教諭の記録には、二十二時五十分から二十三時三十分まで在室とある。
「戻る前に隠したのかもしれません」
麻那は寮生代表として同席し、もっともらしく言った。
「椿原さんは一人でいることが多く、何を考えているか分かりません」
寮監が、古い鍵束ではなく一枚の用紙を持って入ってきた。
寮では先月から、火災時の安否確認のため、各部屋の電子錠に入退室時刻を保存していた。通常のカードは自室しか開かない。全室を開けられるのは、寮監と寮長代理のカードだけだ。
《23:14 椿原室/寮長代理カード》
《23:16 退室》
麻那の顔から血の気が引いた。
「見回りです。窓が閉まっているか確認しただけで」
寮監が次の記録を示した。昨夜、見回り区域は一階。真白の部屋は三階だった。さらに階段前の防犯映像には、麻那が紙袋を抱えて上がり、二分後には空の手で戻る姿が映っていた。
試験担当教師が冊子の管理番号を読み上げる。職員室からなくなった一冊と一致した。前日の清掃当番で、麻那だけが職員室へ入っている。
校長は、真白の退学審査書を破棄箱へ入れた。
「椿原さんの特待資格は継続します。貝塚さんは寮長代理を解任し、解答冊子の持出しと虚偽申告について処分審査へ移します」