二段目の弁当箱
梢は台所用のはかりを、炊飯器の横に置いている。
ご飯百二十グラム、鶏肉八十グラム。数字がそろうと一日が始めやすい。パン屋で働く澪奈は、そのはかりを「食卓の上司」と呼んだ。
「食べたい量は、胃に聞けばいいじゃん」
「胃は締切を守らないから」
二人は笑っていたが、どちらも相手のやり方を採用する気はなかった。
日曜の夜、梢の母から宅配便が届いた。従姉の結婚式に着るようにと、薄桃色のワンピースが入っていた。添えられた付箋には、「あと三キロならきれいに着られます」と母の字があった。
梢はワンピースを箱へ戻し、夕食はいらないと言った。
澪奈は怒った。「そんなの捨てなよ」と言いかけ、やめた。捨てるべきなのが服なのか、付箋なのか、母の言葉なのか、自分には決められない。
梢は、数字があるほうが安心するのだと以前話していた。澪奈にとって自由な食事が、梢には足場になる日もある。その足場を母の一言と同じものとして蹴るのは違う気がした。
翌朝、澪奈が起きると、梢はいつものようにはかりの前に立っていた。弁当箱は空のまま。数字が点滅し、梢の指は炊飯器のふたに触れて止まっている。
澪奈は戸棚から、二段目の弁当箱を出した。仕切りのない、少し大きな青い箱だ。
「それ、使っていい?」
梢が聞く。
「私のだけど、今日は二つ作る」
澪奈は昨日のパンを切り、卵を焼いた。梢は炊飯器からご飯をよそう。はかりの上には置かなかった。多すぎるとも少なすぎるとも言わず、空いたところへ梅干しを入れる。
澪奈も卵の端を味見せず、同じ大きさに切るのをやめた。梢の方法を否定するためではない。今日は数字のない朝を、二人で選ぶためだった。
母からまた通知が届いた。梢は画面を伏せる。澪奈は付箋を捨てず、ワンピースの箱の内側へ裏返して貼った。見えなくするだけで消えたことにはならないが、朝の台所からは追い出せた。
「式、行くの?」
「まだ決めない」
「了解」
二人はそれぞれの弁当箱に、同じパンと卵とご飯を詰めた。見た目はまるで違った。
最後に、梢と澪奈はふたを同時に閉めた。