五つの母音

死体安置室で、ドゥメラは妹ベルクァの唇へ黒い糸を結んだ。

妹は誘拐された子どもたちの居場所を突き止め、その夜に喉を切られた。夜明けまでに救出しなければ、地下水路が満ちる。だがベルクァが残した地図は半分焼け、場所を知る者は死体だけだった。

喉の帳に棲む悪魔が、糸を揺らした。

――死者に一つ答えさせるごとに、おまえの声から母音を一つもらう。五つ渡せば、口は動いても人の名を作れなくなる。

ドゥメラは紙と炭を用意した。

「入口はどこ」

ベルクァの胸が一度膨らむ。

「北の染工場、青い槽の下」

妹の声が出た瞬間、ドゥメラの舌から「あ」の響きが抜けた。試しに自分の名を言うと、最初と最後が潰れ、ドゥメルのような不自然な音になった。

「扉の印は」

「魚を逆さに二匹」

今度は「い」が消えた。口の奥に小さな穴が開き、冷気が抜ける。

三つ目の問い。鍵を持つ者。

「赤い外套の水門番」

「う」を失った声は、喉の底で擦れた。

廊下の向こうでは兵たちが待っている。ドゥメラは紙を渡し、走らせた。まだ子どもの人数と、水を止める合図が分からない。

四つ目。

「何人いる」

「十一人」

「え」が消えた。妹の名を呼ぼうとしても、ベルクァの「ェ」に届かず、ただ舌が歯を叩いた。

悪魔が糸の結び目で笑う。

――あと一つ。聞かなければ、おまえは声を残せる。

水路の鐘が遠くで鳴った。満潮までわずかだ。合図を誤れば、兵も子どもも水に呑まれる。

ドゥメラは最後の問いを書かず、直接口にした。

「水門を閉じる合図は」

妹は目を開けた。

「姉さんの子守歌、最後の一節」

「お」が奪われた。

五つの穴が舌に並び、声は乾いた息だけになった。けれど子守歌は記憶にある。歌えないなら、叩けばよい。ドゥメラは安置台を指で打ち、兵へ節の拍を伝えた。短く、短く、長く、二度。兵は頷いて駆けた。

しばらくして扉が開き、濡れた十一人の子どもたちが運び込まれた。全員生きている。一番小さな少女が、ドゥメラへ毛布を差し出した。

「お名前は?」

彼女は答えようとした。

喉は震え、唇は正しく動く。それでも五つの母音が抜け落ちた口からは、骨を擦るような子音しか出ない。少女は怯えて後ずさった。

妹の死体だけが微笑んでいるように見えた。

ドゥメラは自分の名を紙へ書いた。だが読み上げられなければ、それが本当に自分を指すのか、急に分からなくなった。舌の五つの穴から、悪魔が小さく子守歌を歌っていた。