五歩の外
燃える村の中央で、綾部イズルは少女ネネラの足元から鉄の杭を引き抜いた。
《NPC行動範囲》
指定された起点から五メートルを超えて移動できません。
起点:村の案内杭。
「早く!」
イズルが杭を担いで走ると、ネネラも五メートル後ろをついてきた。村は魔獣に包囲され、住民NPCは逃げようとして見えない壁へぶつかっている。プレイヤーだけが避難門へ向かえる仕様だった。
攻略班は住民を諦め、ボス討伐へ走った。だがイズルは杭を次々引き抜き、荷車へ積んだ。鍛冶屋、宿屋、広場。起点が動けば、NPCも動ける。
ネネラが荷車を押し、住民たちがその周囲を走る。五メートルという鎖を、皆で運んでいるだけだ。
避難門の前で魔獣王が現れた。荷車が横転し、杭が散る。住民たちは各自の杭から離れられず、炎が迫る。
イズルはネネラの杭を拾おうとした。だが彼女が先に掴む。
「これは、私の起点です」
「持てば動ける。急げ」
「違います。どこへ行くかを決めるものなら、私が持つべきです」
ネネラは杭を避難門の向こうへ投げた。身体が見えない壁へ引かれ、一歩、二歩と門を越える。他の住民も真似し、自分の杭を拾って投げた。
起点は牢獄ではなく、移動できない者へプレイヤーが与えた住所だった。住所を自分で選べるなら、世界の端さえ新しい家になる。
魔獣王が吠える。ネネラは門の向こうからイズルへ手を伸ばした。
「今度は、あなたがついてきてください」
イズルが手を取ると、村の背景が消え、未登録の草原が読み込まれた。地図にもクエストにもない場所だ。
《村防衛クエスト失敗》
《NPC起点の自己移動を確認》
住民たちは草原へ着くと、杭を円形に置いた。誰か一人の家を中心にするのではなく、互いの五メートルが重なる位置だ。子供が一本をさらに先へ投げると、新しい地図がその周囲だけ描かれた。
ネネラは村の名を尋ねられ、「まだ決めません」と答えた。
《行動範囲を更新します――起点は設置座標ではなく、本人が“ここから始める”と選んだ場所です》