亡霊郵便の返送封筒

月のない夜、手紙店〈宛先なし〉の扉は、死者にだけ薄青く見える。

この店を始めて七夜、客はまだ一人も来ていなかった。店主のプルネが今夜も蝋燭を一本ともすと、濡れた外套の青年が入ってきた。名はフェルツ。胸に矢傷があり、床へ足跡を残さない。亡霊だった。

彼は一通の手紙を差し出した。

「これを配れない。だから、死ねない」

戦地で預かった遺書を、十七年かけて届けようとした。だが宛名の女性もすでに亡くなり、家も村もなくなっていた。手紙は毎晩フェルツの胸元へ戻り、「配達未了」の赤印を増やしている。破っても燃やしても、夜になると元どおりだという。手紙が戻るたび、矢傷まで開き直り、同じ最期を繰り返していた。

プルネは棚の最下段から、灰色の封筒を一枚出した。

〈終着封筒〉です。届かない手紙を捨てる品ではありません。配達人が、これで配達を終えると決めるためのものです」

「勝手に終えていいのか」

「十七年運んだ人にしか、決められません」

フェルツは手紙を入れようとして、三度手を止めた。赤印の一つ一つが、失敗を責める目に見えるらしい。プルネは急かさず、封筒の口を開いたまま待った。

やがて彼は遺書を収め、宛名欄へ震える指で書く。

――夜明けへ。

封をした瞬間、十七年分の赤印が淡い光になって剥がれた。光は店内を一周し、未使用の便箋を風もないのにめくり、窓の外の東空へ細い道を作る。封筒の表には、赤印の代わりに青い《配達完了》が一つだけ浮かんだ。フェルツの矢傷からも黒い血が消え、濡れていた外套が乾いていった。

「届いたのか」

「あなたが届け終えました」

彼は初めて配達鞄を床へ置いた。中は空だった。

代金は銀貨一枚。亡霊に金はないはずだが、フェルツは鞄の底から古い銅の切手を取り出した。王国最初の郵便切手で、銀貨よりはるかに価値がある。

「釣りは要らない。遅配料込みだ」

冗談めかして笑い、光の道を歩き始める。扉をくぐる前に振り返り、「この店の場所を、配れずにいる連中へ伝えておく」と敬礼した。

彼の姿が夜明けへ溶け、プルネが銅切手を額に入れた直後。

青く光った扉のベルが、誰も触れていないのに鳴った。