住所のない子の地図
砂海を巡る隊商の子どもには、学校へ出す住所がなかった。
春は北井戸、夏は塩湖、冬は南の市。どの町でも「三月以上住む者だけ」と断られ、十歳を過ぎても地図を読めない子がいた。商人たちは道を知っているから困らないと言ったが、知らない印に騙され、危険な井戸へ誘導される事故が続いていた。
オアシス管理官ナディアは、住所欄を消した。
「家の代わりに隊商印を登録します。授業は十日で一単元。次の町でも、その印から続きを受けられるようにする」
学校費は商用隊商の車輪税で賄う。荷車一台につき銅貨二枚。ただし家族の生活車と、五台以下の小隊は免除。集めた額と各町へ渡す教材費は、すべて同じ地図上に青い数字で記す。大商会ほど多く使う道だから、多く負担する仕組みだった。
「移動する子へ教えても、町には残らん」
宿場主が反対した。すると老いた案内人が笑った。
「道を読める客は、間違った宿場で死なない。来年も戻ってくるさ」
彼は古い地図を寄付した。商人は余った帳面を束で置き、御者たちは停泊日の夕方、交替で子どもを連れてくると申し出た。各町の教師も、単元札を同じ形にそろえた。
十日単元の箱には、読み札、砂算盤、道標の見本が同じ順で収められた。どの町で開いても前の続きが分かる。大商会が箱へ自社印を焼こうとした時、子どもたちは拒んだ。税で買った教材は誰の宣伝物でもない。その一文も、青い会計地図の下へ加えられた。
最初の授業で、ナディアは白地図を広げた。
「ここに、君たちの家を描いて」
少年サディは困った顔をした。やがて一本の線を引き、北井戸、塩湖、南市へ印を付けた。その線の上に、小さな車輪を描く。
「家が動くなら、道ごと描けばいい」
教師がうなずき、地図を壁へ貼った。別の子が自分の隊商線を重ね、また別の子が安全な井戸へ青丸を付けた。
夕暮れ、学校の看板は建物の壁ではなく、次の町へ向かう先頭車へ掛けられた。
『巡回学校――次の授業も、この道の続き』