偽りを映す鑑定鏡

桐生志乃は、鏡の中の自分が笑っていることに気づいた。

本人は笑っていない。

異世界へ召喚された直後、金縁の鑑定鏡の前へ立たされた。鏡面には《魔力〇》《技能なし》と浮かび、紫衣の鑑定官が満足そうに頷く。

「能力なし。掃除係なら、鏡に映らぬ埃くらいは取れるかもしれんな」

周囲の貴族が笑う。志乃は鏡の中だけで口角を上げる自分を見つめた。

視界の端には、別の文字があった。

《虚飾剥離》

対象ひとつを覆う、すべての偽りを剥がす。

召喚された五人のうち、貴族が推薦した青年だけが《聖剣勇者》と判定されている。だが彼の鏡像には角があり、鑑定官の鏡像は金貨を数えていた。鏡そのものが嘘をついているのではない。嘘を映して、本物のように見せている。

鑑定官が志乃の肩を押した。

「次だ。役立たずは脇へ寄れ」

志乃は踏みとどまり、鏡枠に指を置いた。

「これ、ずいぶん汚れていますね」

「王家の至宝に触れるな!」

叱声を聞き終える前に、志乃は一度だけ能力を使った。

《虚飾剥離》

鏡から、薄い膜が剥がれた。

最初は油のように虹色で、次第に巨大な獣皮の形になる。それが床へ落ちると、鑑定結果が一斉に書き換わった。

《聖剣勇者》《魅了された密偵》へ。

紫衣の鑑定官は《魔族契約者》へ。

そして志乃の欄には、数字の代わりに赤い警告が浮かんだ。

《測定禁止》

《世界法則への干渉を確認》

《上位管理権限》

鏡枠に隠されていた魔族の紋章まで露出し、天井の結界が警報を鳴らす。推薦青年の角も、今度は鏡の外で現れた。

近衛騎士が一斉に剣を抜く。ただし切っ先は志乃ではなく、鑑定官へ向いていた。

最上段に座っていた女帝が立ち上がる。彼女は赤い警告文を最後まで読み、階段を下りてきた。

「その鏡を掃除係へ渡す予定だったか」

誰も答えない。

女帝は志乃の前で足を止め、王家の至宝だった鏡を両手で差し出した。

志乃を嘲った貴族たちは、今や彼女の鏡に自分がどう映るのかを恐れて、誰一人顔を上げられなかった。