傾いた学習机

慧の学習机は、母が再婚した家の物置で、右に傾いていた。

大学進学で家を出て八年。父の死後も捨てられなかった机を、母は新居まで運んでいた。再婚相手の初音から「引き出しが開かない」と連絡が来て、慧は処分を決めるために戻った。

「粗大ごみなら俺が出す」

「その前に、脚だけ見てもらえない?」

初音はホームセンターの工具箱を開いた。新品のドライバーが、用途別に整然と並んでいる。

机を横倒しにすると、一本の脚を留める木ねじが抜けていた。穴は広がり、そのまま締めても空回りする。慧が割り箸を削って穴に詰めると、初音が木工用接着剤を垂らした。

「詳しいのね」

「父が何でも直す人だったから」

言ったあと、空気が止まった。初音は「会ってみたかった」とも「似ている」とも言わなかった。その言わなさが、慧にはありがたかった。初音は父のことを知らない。知らない人に父の影を踏まれた気がして、慧は続ける言葉を失った。

初音は黙って、削りくずを手のひらで受けた。

「じゃあ、この机は二回直してもらえるのね」

一本目は父に、二本目は慧に。そう数えたらしい。

接着剤が乾くまで、二人は引き出しの中を片づけた。模試の判定表、壊れた腕時計、誰にも渡さなかった手紙。初音は内容を見ず、紙袋を差し出した。慧は捨てるものと持ち帰るものに分けたが、最後まで手紙だけ決められなかった。

机を起こすと、傾きは消えた。引き出しも滑らかに開いた。

「これ、物置に戻す?」

初音が聞いた。

慧は部屋を見回した。窓際にはコンセントがあり、昼の光も入る。初音のミシン台にするには高さが合わない。客用にしては大きすぎる。

「しばらく、ここでいい」

「椅子は?」

「次に持ってくる」

初音は机の右端に、慧が持ち帰らなかった手紙を置いた。その上へ、小さなガラスの文鎮を載せる。風で飛ばないためだけの重しだった。

帰り際、慧は物置と呼んでいた部屋の扉を閉めなかった。廊下から机の角が見えた。

直したものをすぐ捨てるのは、父に叱られそうだった。椅子を運ぶ理由なら、また一つ増えた。