元夫の結婚祝い

野々宮珠実は、再婚の三日前に死んだ元夫・啓吾へ電話した。

離婚して六年。別れたあとも年賀状だけは続いていたが、啓吾は昨冬、事故で亡くなった。珠実はその半年後、立花敦紀との結婚を決めた。

死者回線の接続音を聞きながら、自分でも何を確かめたいのか分からなかった。敦紀には電話することを話していた。「許可をもらう必要はないよ」と言われた。その優しさが、かえって後ろめたかった。

『もしもし』

「私」

『番号に名前が出てる』

「相変わらず感じ悪いわね」

『死んだからって改善されないよ』

珠実は少し笑った。

「結婚するの」

『おめでとう』

「早いと思う?」

『離婚して六年だろ』

「あなたが死んで半年」

『そこ、俺の喪に服す期間に入る?』

言われてみれば、元夫の死を理由に再婚をためらうのは妙だった。だが珠実の中では、離婚で閉じたはずの扉が、啓吾の死によってもう一度重くなっていた。

「私たち、離婚しない方がよかった?」

受話器の向こうで啓吾が息を吐いた。

『よかった瞬間はあった。でも、続けるのは下手だった』

「私のせい?」

『そういう質問をするところは、君のせい』

「じゃあ、あなたのせいは?」

『答えを冗談にするところ』

二人は、生前なら喧嘩になったはずの言葉を、静かに受け取った。

『その人は、洗濯物を裏返したまま出す?』

「出す」

『やめた方がいい』

「結婚を?」

『裏返しを直すのを。本人にやらせろ』

通話終了の表示が点滅した。

珠実は最後に尋ねた。

「私、あなたを愛してた?」

『それは俺に聞くことじゃない』

「あなたは?」

『愛してたよ。だから離婚したことまで、なかったことにするな』

式の日、珠実は啓吾の写真を持って行かなかった。心の中で見守ってもらう、という言い方もしなかった。啓吾の妹には、再婚を直接伝えた。妹は泣きながら「兄なら悪口を言うね」と笑った。元夫は守護霊ではなく、失敗も含めて終わった一人の相手だった。

披露宴のあと、敦紀が靴下を裏返したまま脱いだ。

珠実は手を伸ばしかけ、やめた。

「自分で直して」

新しい夫は不思議そうな顔をしたあと、素直に直した。

珠実は、それを啓吾への一番ふさわしい結婚祝いだと思った。