六十二番棚の空白

書籍倉庫の夜勤は、発売日前日の午前零時から忙しくなる。全国の書店へ、新刊を一斉に送り出すためだ。

和泉崎晃が受けた依頼は、話題作の初版三百冊をそろえることだった。ところがピッキングリストの六十二番棚だけが空だった。端末上は入庫済み。今夜出せなければ、地方店だけ発売日に並ばない。

「棚差だ。予備在庫から回そう」

主任は言ったが、予備も同じ場所を示している。晃は空の棚を見上げた。埃の上に、段ボールを引きずった新しい筋がある。誰かが置き、すぐ動かした跡だ。

彼は同じ時間帯に入庫した本の一覧を出した。六十二番の次は二十六番。どちらも箱数は十、重量もほぼ同じだった。夜勤の応援者が数字を読み違えた可能性がある。

二十六番へ行くと、そこには予定より二十箱多く積まれていた。しかし表のラベルは別作品。主任が箱を開けようとするのを、晃は止めた。発売前の本は、開封記録も管理される。

彼は箱の側面ではなく、底を見た。パレットへ載せると隠れる位置に、印刷所が付けた小さな管理番号がある。上段の箱を一つだけ二人で持ち上げ、鏡を差し込む。番号は探していた新刊のものだった。上から別作品のラベルを貼られ、二十六番へ運ばれていたのだ。

「全部が新刊とは限らない」

晃は十箱ごとに境目へ紙板が入っていることに気づいた。印刷所では作品が変わるたび、色の違う板を挟む。青板より上の十箱だけが新刊で、下は表示どおり別作品だった。

棚から下ろす順番を変え、青板の上だけを移す。勢いで下段まで取れば、今度は別の店の在庫が消えるところだった。

午前二時四十分、三百冊は封を切られないまま出荷台へ並んだ。主任が空になった六十二番棚へ、数字を大きく書き直した札を付ける。

「二と六、夜中には似すぎるな」

晃は笑わず、元の札を裏返した。印字が薄く、六の輪が切れて二に見えていた。

新刊便が出ると、シャッターの向こうから新聞を積んだトラックが入ってきた。朝刊の付録を、今度は三千部仕分けるという。

六十二番棚には何もなかったが、通路にはもう次の紙の匂いが満ち始めていた。