再生された嘘
鳴神透子は、残り一秒で携帯録音機の再生ボタンを押した。
『俺は、人を殺したことがない』
稲置蒼の声が、白い部屋に響く。
終了ベル。
壁の規則は一つだった。
〈ベルまでにこの部屋で最後に再生された嘘の話者を脱落させる。その他を生存者とする〉
三人目の曲直瀬豪は、開始から一度も口を開かなかった。蒼も慎重だった。二人とも、自分が最後の嘘を言わなければいいと考え、透子へ質問を浴びせた。
「お前は警察か」「録音機に何が入っている」「俺たちを知っているのか」
透子はすべて沈黙で返した。規則には発言義務がない。
録音は、拉致される直前の控室で蒼がスタッフへ話したものだった。蒼は五年前、違法格闘場で対戦相手を殴り殺している。正当防衛として不起訴になったが、「殺したことがない」は事実に反する。何より本人は知っている。
蒼が録音機を蹴り飛ばす。
「今しゃべったのは機械だ! 俺じゃない!」
『規則は「発言した者」ではなく、「再生された嘘の話者」としています』と主催者が答えた。
その文面は、本来、主催者が過去の供述映像を流し、参加者同士に罪を暴かせるためのものだった。音声の発生源ではなく、声の主を裁けるようにしたのだ。
透子はその目的を逆に使った。
〈音声照合、稲置蒼。内容、虚偽。最終再生時刻、終了一秒前〉
蒼の首輪が赤くなる。
豪が青ざめて透子を見る。
「俺の録音も持っているのか」
「持っている。でも流さなかった」
「なぜだ」
「一人で十分だから」
主催者は全員の過去を暴き、疑心暗鬼にさせたかった。透子は最も確実な一つだけを選び、残りの秘密を守った。蒼の首輪には致死針ではなく拘束薬が入り、彼は膝から崩れる。
透子と豪の首輪が外れた。
『勝者は一人ではない』
「規則が生存者を複数形で書いたのは、あなたでしょう」
扉が開く。透子は録音機から電池を抜いた。
嘘は一度しか言われていない。それでも、再生する時刻を選べば、刃は何度でも抜ける。