写真に写らない日

日曜の午後六時、室井叶絵は洗面台の鏡の前で、寝癖のついた髪を持ち上げた。

今日は午前中に髪を洗い、買ったままのトリートメントを使い、眉を整えるつもりだった。午後には近所のカフェで本を読む。誰かと会う予定はなかったが、きれいにした自分で休日を過ごしたかった。

実際には、昼前に一度起きて水を飲み、そのまま夕方まで眠った。枕に押された右頬が赤く、前髪は額へ貼りついている。スマートフォンには、友人が投稿した〈自分を整える日〉という短い動画が流れてきた。白いタオル、透明な化粧水、窓辺の花。画面の中には生活の余白まで映っていた。

叶絵は洗面台の横に並べた道具を見た。ヘアマスク、爪やすり、顔用のローラー。休日を寝た罪悪感に追いつくには、全部使わなければならない気がした。

まずシャワーを浴びようと服の裾へ手をかけたが、浴室を洗っていないことを思い出す。そこでまた動けなくなった。

冷蔵庫からプリンを出し、鏡の前で食べた。スプーンの背に映る顔は小さく歪んで、頬の線もよく分からない。カラメルまで食べたころ、叶絵は蛇口で前髪だけを濡らした。

シャンプーを一滴つけ、額の上だけ泡立てる。タオルで拭き、ドライヤーを一分。残りの髪は結び、気に入っている青いクリップで留めた。眉も爪も、そのままにした。

写真を撮る予定のない日だった。誰にも見せない顔を、誰かの休日と同じ手順で整える必要はない。

棚には、旅行先のホテルでもらった小さな美容液も残っていた。特別な日に使おうとして、半年そのままになっている。叶絵は今日を特別な休養日と呼ぶことも考えたが、立派な名前をつけるのも面倒だった。使わない美容液と整えない眉を、そのまま棚と顔に残した。

洗面台には朝使うはずだったタオルが、畳んだ形のまま置かれていた。叶絵はそれを広げず、濡らした前髪を拭いた小さなタオルだけ洗濯かごへ入れた。

叶絵は鏡の照明を消し、空になったプリンの容器を流しへ置いた。今日は前髪だけ乾いていればいい。写らなかった一日にも、自分の顔はちゃんとあった。