冷や汁の氷
猛暑日の昼、志緒は冷や汁を作った。
焼いた鯵をほぐし、味噌と胡麻をすり鉢で混ぜる。胡瓜、青紫蘇、茗荷。水で伸ばし、最後に氷を二つ浮かべた。
同居する従妹の佳苗は、冷たい味噌汁だと思って警戒した。
「ご飯にかけるの?」
「食欲なくても入るから」
二人とも在宅勤務で、朝から冷房の効かない部屋にいた。パソコンの熱まで鬱陶しい。
麦飯へ冷や汁をかける。氷が器へ当たり、からりと鳴った。
佳苗は一口食べ、「茗荷が強い」と言いながら二口目を急いだ。
食後、汗が引いたわけではない。それでも口の中に青紫蘇の涼しさが残った。
午後、突然の停電で冷房も止まった。二人は仕事を諦め、残った冷や汁を保冷箱へ移した。
夕方、電気が戻る。氷は溶け、汁は少し薄くなっていた。
「夜もこれでいい?」
「今度は氷なしで」
濃い味噌を少し足し、焼いた胡麻を振る。昼とは違う味になった。
翌週から、暑い日は交代で冷や汁を作った。佳苗は茗荷を少なく、志緒は多く入れる。
八月の終わり、夜風が少し涼しくなった。最後の冷や汁を縁側で食べる。氷は入れず、器の底までぬるくなるのを待った。
遠くで虫が鳴き、すり鉢に残った胡麻と青紫蘇の香りが、過ぎかけた夏の温度をゆっくり混ぜていた。
翌年、二人はすり鉢を一回り大きなものへ替えた。友人も呼び、四人分を作るためだ。胡麻をする役、胡瓜を切る役、鯵をほぐす役。茗荷の量でまた意見が分かれ、器ごとに変える。食卓には氷入り、氷なし、牛乳を少し足したものまで並んだ。どれが本物かと誰かが訊き、志緒は「暑い日に食べたいのが本物」と答えた。窓の外で蝉が鳴り、四つの器の氷が違う速さで溶ける。夏の温度は同じでも、涼しさは一人ずつ違っていた。
すり鉢の内側には胡麻が一筋残った。志緒が指で取り、佳苗の器へ落とす。最後の一口はぬるかったが、青紫蘇の香りだけは氷より長く舌に残った。