冷蔵車は誰のため

午前四時、病院から電話が来た。受話器の向こうでは、手術室の準備音が続いていた。患者はすでに麻酔前室へ入っているという。

「移植用製剤が届いていません」

配車表を見ると、予定していた冷蔵車三台が消えていた。代わりに〈役員特別便〉の文字があり、配送先は海辺の貸別荘だった。

本部長の息子、駒形優斗が開く誕生日パーティー。シャンパンと生牡蠣を運ぶため、医療便を回したのだ。

電話すると音楽の向こうで笑った。

「九鬼さん、普通車で運べば? 冷たければ同じでしょ」

「温度保証が切れます」

「現場の工夫ってやつ。俺に恥をかかせないで」

私は近隣営業所の空車を探し、製剤会社と病院を結ぶ経路を組み直した。積雪で高速が閉じていたため、除雪会社へ頭を下げ、峠の業務用道路を通した。車内温度は二度から八度を外せない。運転手と五分おきに連絡し、橋の凍結、工事車両、病院裏口の搬入順まで秒単位で組み替えた。

その間、優斗の公開アカウントには、会社ロゴ入りの冷蔵車を背景に乾杯する写真が上がった。〈物流王子の特権〉という文字まで添えられていた。製剤の到着は使用期限の十一分前だった。

朝九時、病院グループの理事長が本社へ来た。優斗は遅れて現れ、父親の隣に座った。

本部長は私を指した。

「配車担当の確認不足です」

理事長は机に温度記録を置いた。

「九鬼槙さんの判断で患者は救われました。御社の役員便には、当院の車両番号を無断使用した記録があります」

監査役が続けて、貸別荘代や酒代まで本部経費で処理されていたと報告した。本部長はその場で解任。優斗はようやく椅子から立ち上がった。

「俺まで関係ないだろ。運んだのは部下だ」

社長は配車表の承認欄を指した。優斗の電子署名が光っていた。

「医療輸送妨害、経費不正、虚偽報告。駒形優斗を懲戒解雇とする。九鬼さんには全拠点の配車統括を任せる」

一階の出庫ゲートが開き、医療便が次々と走り出した。

その横で、優斗の社用車だけが遮断棒の手前に取り残された。