凍土に刺した赤い匙
「農具に火を入れるなど、鍛冶師の恥だ」
そう言ってベッカを工房から追い出した親方は、最後に巨大なシャベルまで投げてよこした。赤銅色の刃に《炉心》の刻印。振るたび熱を蓄え、土へ返す魔法農具だ。剣なら敵を焼けるのに、と皆が笑った失敗作だった。
ベッカが辿り着いた北の開拓地は、春だというのに地面が凍っていた。畑の予定地へ鍬を入れても、表面で甲高く弾かれる。
全部を溶かそうとは思わない。初日は、種芋を五つ植える穴だけ。
彼女はシャベルを肩へ担ぎ、空中で一度振った。刃がほの赤くなる。二度目で柄まで温まり、三度目に凍土へ突き立てた。
じゅうっ。
白い蒸気が噴き、氷の膜が円く沈んだ。焼き払うほど熱くない。霜だけを追い出し、眠っていた黒土を崩せる温度だった。掘り返すたび、冷たい空気の中へ湿った土の匂いが広がる。
一穴目。二穴目。
工房では、一日に百本の剣を打てと言われた。ここでは五回でいい。誰も遅いと怒鳴らない。
最後の穴へ種芋を置き、柔らかな土をかぶせると、シャベルの赤みが消えた。代わりに五つの小さな湯気が、畑から並んで立った。
鍛冶場の火は、いつも誰かの注文のために燃えていた。納期が遅れれば食事を抜き、火傷をしても水へ手を浸してまた槌を握った。
畑の火は違う。五つの穴を温めたら、それ以上は求めない。シャベルの刃も、今日は終わりだと言うように冷えていた。ベッカは柄の土を拭き、納屋の一番よい場所へ立てた。
ベッカは小屋へ戻り、残しておいた芋を炉の灰へ埋めた。皮がぱちりと裂け、焦げた香りが鼻をくすぐるころ、工房の魔導鏡が勝手に光った。
『炉が冷えた。戻れ。賃金は以前の半分を認める』
文字の傲慢さまで親方そのものだった。
ベッカは返信石を裏返し、鏡面を壁へ向けた。赤銅のシャベルを椅子に立てかけ、灰から芋を掘り出す。
半分に割ると、黄金色の中身から熱い湯気が吹いた。
「半分で足りるのは、こっちだよ」
塩をひとつまみ。バターを半匙。
凍った王都の工房ではなく、土の中の五つへ明日の火を残し、ベッカは最初の芋を頬張った。