制服は資源ごみではない
梓帆の制服は、透明な衣装袋の中でまだ中学二年生の形をしていた。
実家の片づけでクローゼットを開けると、紺のセーラー服がいちばん手前に掛かっていた。母は防虫剤まで替えていたらしく、白い襟には染み一つない。
「これは取っておくでしょう」
母が当然のように言った。
「何のために?」
「あなたの子が着るかもしれないじゃない。制服、変わっていなければ」
梓帆はスマートフォンで母校の制服を調べた。三年前にブレザーへ変わっている。画面を見せると、母は少しもひるまなかった。
「記念よ。自分の娘が着た服くらい、母親なら残したいものなの」
「それなら、お母さんの荷物にして」
「新居には掛ける場所がないの。あなたの部屋ならあるでしょう」
服を残したい気持ちと、置く場所を引き受けることが、母の中ではいつも別々だった。
梓帆は衣装袋を開けた。樟脳の匂いが立つ。胸当ての裏には「二年三組 桑島梓帆」と刺繍された布が縫いつけてある。母は今でも親戚の前で「つむちゃん」と呼ぶが、この制服には姓まで含めた自分の名前があった。
「学校の劇団に寄付できるって」
電話で確認すると、担当者は衣装用なら受け取れると言った。母はすぐ首を振った。
「知らない子に着られるなんて嫌よ」
「私の子に着せるのはいいのに?」
母の口が閉じた。
梓帆は裁縫箱から糸切りばさみを借りた。名札の四隅を一針ずつ切る。母は「傷つけないで」と言ったが、制服は母の思い出の額縁ではない。
外した名札を手のひらに乗せる。小さな布は、制服よりずっと軽かった。
「これは私が持つ。服は寄付する。お母さんが残したいなら、自分の箱に入れて」
母はセーラー服の袖を撫でたあと、衣装袋のファスナーを閉じた。
「寄付先に、ちゃんと洗ってあるって書いて」
それは許可というより、最後まで母らしい注文だった。梓帆は笑わず、「それは書く」と答えた。
発送用の箱に制服を畳む。胸元から名前が消えると、紺色の布は誰かの役を待つただの衣装になった。
梓帆は名札だけを財布へ入れた。未来の子どものためではない。自分が一度、ここでその名前を着ていた証拠として。