北を失った取調室

六角堂一馬は、自作の「完全密室」から消えた。

遊園地の新アトラクションは、古い取調室を模した四角い部屋だった。午後六時、設計者の六角堂が安全試験のため一人で入り、スポンサーの轟遵、機械担当の瀬良田佳澄、雑誌記者の稲城羅門が外の監視卓についた。扉には封印テープを貼り、映像も三人で見ていた。

六時三分、演出どおり照明が四十秒消えた。非常灯が戻ると椅子だけが倒れ、六角堂はいなかった。扉の封印は無傷、天井裏も床下も配管だけ。映像にも、暗転前後で誰かが扉へ近づく姿はなかった。

轟は青ざめながらも、「宣伝にはなる」と呟いた。

瀬良田は「設計図上、出口は一つです」と言った。

私は暗転前の写真と、再点灯後の室内を比べた。鍵になる事実は三つだった。

このアトラクションは、客に「閉じ込められた」と思わせるため、壁紙から机の傷まで本物らしく作られていた。だが本物らしさと固定されていることは別だ。私は部屋ではなく、部屋と建物の境目を見た。

一つ目。机上の水差しは倒れていないのに、底の輪染みから四センチずれ、円周方向へ水をこぼしていた。

二つ目。天井から吊った裸電球が、誰も触れていないのに小さく円を描いて揺れていた。

三つ目。巾木の下には、部屋の角を中心とする弧状の擦り傷が新しく刻まれていた。

稲城が磁石を持ち上げた。「部屋のほうが動いた?」

「九十度、回転しています」

取調室は建物の床に固定されず、円形台座に載った三方壁のセットだった。背面だけは開いているが、通常位置では建物側の固定壁がぴたりとはまり、室内からは第四の壁に見える。暗転中に瀬良田が台座を九十度回すと、その開口部が舞台裏のサービス口と重なる。六角堂はそこから出て、部屋を元へ戻させた。水差しは横向きの加速で滑り、電球は慣性で揺れ、台座は床を擦った。

瀬良田は操作盤から手を離した。六角堂はスポンサーが隠した安全試験の改竄資料を持ち、記者の編集部へ向かったらしい。

私は破れていない封印を示した。

「扉を開ける必要はありません。扉のついた部屋ごと、出口の前から動かせばよかったのです」