十秒を返す逆さ砂時計
古道具店〈忘れ時〉の店主カサルは、時間魔法を使えない。
それなのに店先へ「時を扱う古物あり」と札を出しているため、魔術学院の学生には詐欺師と笑われていた。カサルが扱うのは魔法ではなく、道具に残った奇跡だった。
試験服の少女メイファルが駆け込んだのは、日没まで二時間という頃だ。
「実技試験を三度失敗しました。次が最後です」
彼女は魔力量だけなら首席だが、緊張すると詠唱の最後で舌がもつれる。試験官は「才能を制御できない者は無能と同じ」と言い、四度目に失敗すれば退学させるという。
「緊張しない薬はありませんか」
「ここは薬屋ではありません。ただ、失敗を一回だけ失敗でなくす品なら」
カサルは、砂が下から上へ落ちる小さな砂時計を置いた。
「回すと、持ち主が直前にした動作だけを十秒戻します。周囲の時間は戻りません。記憶も残ります」
「つまり、詠唱をやり直せる?」
「一日一度。間違えたと気づいてから回してください」
試すため、メイファルは指先に火を灯した。緊張で火球が膨らみ、棚へ飛ぶ。彼女が砂時計を反すと、火球は光の糸になって指先へ戻り、倒れかけた壺も元の位置へ立った。
二度目の詠唱で生まれた炎は、蝋燭ほど静かだった。
少女は笑ったが、すぐ砂時計を握りしめた。
「これで試験に受かっても、道具のおかげだと言われます」
「一度目の失敗を知っているのは、あなた一人です。二度目を成功させる技量も、あなたのものですよ」
夕刻、メイファルは学院章を輝かせて戻ってきた。
「使いませんでした」
実技台に立った瞬間、砂時計があると思うだけで呼吸が整い、一度で術式を完成させたのだという。
彼女は値札どおりの銀貨を置いた。
「それでも買います。明日から、失敗を恐れている後輩に貸します」
「使わずに済む道具が、一番よく働くこともあります」
メイファルが胸を張って店を出た。カサルが詐欺師と書かれた落書きを札から削り落とす。
その最後の一画が消えたとき、二度目のドアベルが鳴った。