千の命より重い剣
依鶴の大剣は、もう一ミリも持ち上がらなかった。
魔王の玉座まで残り十歩。仲間が結界を破り、最後の一撃を彼に譲っているというのに、刃は石床へ縫いつけられたように沈んでいる。
「最強剣士が聞いてあきれる!」
魔王が笑った。
依鶴は武器欄を開く。そこには初めて装備した日から変わらない説明があった。
【墓標剣グラーヴ】
【敵を一体倒すたび、一グラム重くなる】
【現在重量 九百八十三・四一二キログラム】
最初は一体につき一グラムという軽さが面白かった。百体倒しても硬貨一枚ほど。千体、万体と数字が増えるにつれ、配信の視聴者は《世界で一番重い剣》を持つ依鶴に熱狂した。彼も討伐数を勲章だと思い、弱い敵まで探して斬った。重量が腕に食い込むころには、下ろすことを敗北としか考えられなくなっていた。
雑魚を狩り、順位を上げ、誰より早くこの城へ来た。その証明が、今は腕を潰す重さになっていた。
「置いて逃げろ、イズル!」
仲間の声に、彼は柄から手を離した。剣は轟音を立てて床へ沈み、玉座の間全体を揺らす。
魔王が笑いを止めた。
床には巨大な天秤の模様が刻まれていた。片方の皿は玉座、もう片方は依鶴の足元。これまで装飾だと思っていた線が、剣の重みで青く光る。壁画の英雄たちは誰も剣を振っていない。皆、刃を皿へ横たえ、空の手で死者へ頭を下げていた。
「その剣を持て。英雄の証だろう!」
魔王が初めて焦った。
依鶴は柄を握らなかった。代わりに、刃へ刻まれた討伐数を指でなぞる。九十八万三千四百十二。経験値と素材にしか見えなかった数だ。
「俺の強さじゃない。俺が踏んできた数だ」
天秤が傾く。玉座が浮き上がり、その下から黒い心臓が露出した。仲間の矢が心臓を射抜く。
魔王は消え、依鶴のランキング表示も同時に砕けた。勝利画面には彼の名がなかった。
【隠しクエスト《剣を置く英雄》達成】
【魔王討伐への最終寄与者を再計算します】
【討伐者――墓標剣に記録された九十八万三千四百十二の命】
【プレイヤー《イズル》には、彼らを忘れない役目を付与します】