午前零時だけ安全

森下透はクラウド会社の新人運用員だった。金融機関向けデータセンターの更新契約を決める会議で、停電試験の説明を任された。

報告書では、非常用電源への切替時間は〇・七秒。基準の二秒以内で、障害ゼロ。営業責任者の須藤は「止まらないセンター」と胸を張った。

透は試験当夜、監視画面が二分十一秒真っ黒になったのを見ていた。

会議用ログでは午後十一時五十九分五十八秒の次が午前零時〇分〇秒で、空白は二秒しかない。須藤は監視端末の表示不良だと説明した。

透は別系統のNTP記録を出した。サーバー時刻は日本時間、会議用ログだけが途中から協定世界時へ変換されている。日付をまたぐ箇所で九時間を引き、その後の二分十一秒を前日のログへ重ねて隠していた。

金融機関の担当者は、変換ミスなら修正すればよいと言った。

透はストレージの書込記録を示した。停電中に四十三件の決済データが再送され、うち一件は二重処理になっている。試験報告書の「障害ゼロ」は成立しない。

須藤は契約額を口にした。更新が流れれば、透の所属する夜間班は外注化される。会議室の誰も透を見なかった。

透は承認ページを開いた。運用責任者の電子署名は午前零時一分。だが署名端末は停電で停止し、復旧したのは午前零時二分十二秒だった。署名時刻まで改ざんされている。

「安全だったのは、ログの午前零時だけです」

透は二重処理された決済の照合票を机へ置いた。金額は一円だった。試験用の小額だから被害はないと須藤は言ったが、金融機関側の責任者は首を振った。一円で二重になる仕組みは、一億円でも同じだ。透が示したのは損失額ではなく、止まらないとされたシステムの境界だった。

停電試験に立ち会った監視員二名も、二分十一秒の空白を記した紙へ署名していた。

金融機関の役員が更新契約の承認ボタンから指を離した。画面に表示された残り時間は零秒のまま、三十億円の決裁が進まなくなった。