半分だけ開ける窓

乃映はオンライン会議の背景を、いつも同じ灰色にしていた。背後の段ボールも、洗濯物も、窓の外の古い給水塔も消える。入居して二年になる部屋を「仮の場所」と呼び、家具を買わず、写真も飾らなかった。転職するかもしれない、更新前に引っ越すかもしれない。段ボールを畳まない理由だけは、いくらでも増えた。

ある夜、隣室のトーマスが誤配された荷物を届けに来た。リトアニアから舞台美術の研修に来ている彼は、箱に印刷された乃映の会社名より、玄関の奥に張った大きな灰色の布を見て首を傾げた。

「壁が二枚ありますね」

「仕事用の背景です。部屋が散らかってるので」

トーマスは廊下の窓を半分だけ開け、外気を入れた。

「部屋は、乃映さんが住んでいることを知っていますか?」

何を答えても大げさになりそうで、乃映は笑ってごまかした。すると彼は荷物の伝票の余白に四角を描き、半分だけ斜線を入れた。

「明日の会議、一分だけ背景を半分なくす。全部でなくていいです」

それ以上は何も言わず、自室へ戻った。

翌朝の定例会議には十二人が参加した。乃映はカメラを切ったまま、背景設定を開く。灰色の画像を選べば、今日も誰にも生活を見られずに済む。発表資料には自信があるのに、部屋が映るだけで、自分の準備不足まで知られる気がした。

画面の端で、開始までの秒が減る。

乃映は灰色の布を半分だけ寄せた。窓と給水塔、昨日届いたままの観葉植物が見える。鉢にはまだ値札がついている。会社の福利厚生でもらったものを、枯らしたくなくて箱から出せずにいた。映像の中で葉が一枚揺れ、灰色ではないものが自分の側にあると分かった。

会議が始まり、上司が「乃映さん、画面共有を」と言った。彼女はカメラを入れた。背景効果のボタンにカーソルを置き、一度閉じる。

「後ろ、いい空ですね」と新人が言った。

給水塔の上に、朝の雲が流れていた。乃映は値札のついた鉢を机の端へ寄せたが、隠しはしなかった。

資料を共有する直前、彼女は灰色の布の残り半分も、椅子に座ったまま腕を伸ばして外した。