句点のない告白
真昼は、恋人を両親に紹介する朝、古い交換日記を開いた。
高校時代、伶と決めたルールは一つだった。
〈句点を使わないこと〉
文章の終わりに丸を置くと、本当に何かが終わってしまう気がしたからだ。
一日一文だけを書き、翌朝、窓際の席で渡した。
〈購買のクリームパンを半分くれてありがとう〉
〈体育祭で転んだのを笑わないでくれてありがとう〉
気持ちを短くするほど、言えないことの輪郭が濃くなった。
三年の二月、伶は書いた。
〈好きな人がいるけれど卒業したら言わないことにする〉
真昼は、相手を同じクラスの男子だと思った。伶が彼の話をよく聞くからだった。
〈言ったほうがいいよきっと待ってる〉
そう返すと、翌日の頁は白紙だった。
卒業式のあと、伶は日記を真昼へ渡した。
「最後だけ、家で読んで」
制服の第二ボタンを誰にも渡さず、伶は駅の反対方向へ歩いていった。
最終頁には、初めて句点のある文が一つだけあった。
〈あなたが好きでした。〉
真昼は、句点ばかりを見た。
終わったのだと思った。驚きと怖さと、自分の中にも似た感情があったことを認めるまでに、時間がかかりすぎた。
連絡を取ったころには、伶は遠い町で新しい生活を始めていた。二人は何度か会い、あの告白を笑って話せるようになった。恋にはならなかった。ならなかったことを、失敗とも呼ばなくなった。伶は最後の頁を返してほしいとも、忘れてほしいとも言わなかった。ただ一度、「読んでくれてよかった」と言った。
今、真昼の隣には、大学院で知り合った女性がいる。両親には「友人」とだけ伝えてある。
玄関の鏡の前で、真昼は古い頁に触れた。
伶の句点は、真昼を閉じ込めたのではない。終わりを一つ置くことで、その先の文章を書けるようにしてくれたのだ。
恋人から〈駅に着いたよ〉と届く。
真昼は返事を打った。
〈迎えに行くね今日はちゃんと恋人だって言う〉
指が、癖で句点を避ける。
少し考えてから、文末に丸を一つ置いた。
それは終わりではなく、言い切るための印だった。