同行者欄は空白
北行きの高速バスが出るまで、あと十分だった。
江波紫月は、園田佳祐から予約確認票を受け取った。二席並びの窓側と通路側。同行者欄は空白のままだ。
「また二枚取ったの?」
「一枚はキャンセルできる」
「前もそう言った」
三年前、佳祐は青森のホテルへ転職を決めた。紫月に相談する前に、現地の不動産会社へ二人で住む部屋を問い合わせ、引っ越し業者の見積もりまで取っていた。
一緒に来てほしい、と言われたとき、紫月は愛されているより、荷物として数えられた気がした。
「一緒に暮らせば、うまくいくと思った」
「私の仕事は?」
「向こうでも探せるって」
「私が探すかどうかを、あなたが先に決めた」
その夜に別れた。それでも互いの誕生日には短い連絡をし、出張で街が重なれば食事をした。会えば笑えるのに、別れ際には必ず、どちらの街へ戻るかが二人を分けた。紫月はそのたび、距離よりも決め方を思い出した。
好きだと言えない理由は、距離ではない。佳祐の未来図に、自分の意思が余白としてしか置かれないことだった。
発車係が荷物室を閉め始める。
「今回は何も決めてない」
佳祐が言った。
「二枚取ってる」
「会えたら帰りも同じ便がいいと思った。でも、乗るかどうかは紫月が決めて」
「そういう言い方、覚えたんだ」
「遅かった?」
「遅いよ」
紫月は確認票を折った。窓口のキャンセル受付は発車五分前までだ。
「一緒に、って昔は嫌いじゃなかった」
「今は?」
「怖い。あなたの『一緒に』は、私がうなずく前から始まってたから」
車内から暖房の匂いが流れてくる。以前なら、佳祐はここで手を引いたはずだ。今は紫月の返事を待ち、券の端だけを持っていた。
佳祐は通路側の券を切り取り、窓口へ向かおうとした。
「キャンセルする」
「待って」
紫月はその券を取った。
「今日、一緒には行かない」
「うん」
「でも、一緒に決めるところからなら、やり直せるかもしれない」
告白の代わりに、紫月はスマートフォンで来月の便を検索した。行きは自分の街から、帰りは自分だけの席。二枚の片道券を自分の名前で予約し、今日の空席券は破らず手帳へ挟んだ。佳祐のバスが出るまで、彼女は乗り場から離れなかった。