喪主は泣きすぎた

井浦路子の夫が死ぬと、葬儀管理AIは「適正悲嘆プラン」を作った。

初日は強い悲しみを許容。三日目から就労復帰に向けて感情を抑制。通夜の泣哭は合計七分以内。過度な取り乱しは精神的信頼性を損なうため、信用点に影響する。

夫は生前、そういう制度を嫌っていた。

「死んだあとまで、行儀よくさせられるのか」

棺の前でその言葉を思い出し、路子は笑った。端末は《悲嘆反応との不整合》として三点を引いた。笑った直後に涙が出ると、《感情制御不良》でさらに五点引かれた。

参列者たちは、加点対象の定型文を述べた。

「誠実な方でした」

「地域に貢献されました」

「安らかな旅立ちをお祈りします」

夫は誠実だったが、寝言はひどく、町内清掃を三回さぼり、旅行では必ず道に迷った。誰も本当の夫を話さないことが、路子には死そのものよりつらかった。

焼香の途中、AIが告げた。

《喪主の泣哭時間が上限に近づいています。呼吸を整えてください》

路子は祭壇の監視端末を引き抜いた。

会場に警告音が響き、信用点が百下がった。参列者は目を伏せた。高得点者向けの火葬優先枠も取り消された。

「夫は、冷蔵庫にプリンを隠して、毎回見つかったふりをしていました」

路子が言うと、義弟が吹き出した。

「兄貴、結婚式の日に靴下を左右違えてた」

隣人は、夫が飼えない野良猫へこっそり餌をやっていたと話した。元同僚は、会議中に描いた下手な似顔絵を見せた。笑い声と泣き声が混ざり、誰が何分泣いたか分からなくなった。

火葬は翌日まで待たされた。路子は棺のそばで一晩を過ごし、夫に、みんなが話したことを一つずつ報告した。

その後、彼女は高信用者用の集合住宅を退去した。代わりに小さな部屋を借り、月に一度、遺された者が好きなだけ黙り、笑い、泣ける会を開いた。

路子の点は戻らなかった。

けれど夫を思い出すたび、端末の警告ではなく、あの夜の不揃いな笑い声が聞こえるようになった。

会では回復の期限も、正しい別れ方も決めなかった。