四〇三号室の空き缶

白樺荘では、月末の夜に各部屋の後悔を一つ、共用廊下の自動販売機へ入れる。世帯人数と同じ数の指で投入ボタンを押すのが規則で、住民票より指が少ないと受け付けない。退去者がいる部屋は、その人の最後の後悔を先に入れない限り人数を減らせない。

四〇三号室の鯨井は、三か月続けて管理人から警告札を貼られていた。住民票には二人。部屋には一人。恋人の美緒は、食器と冬服だけ持って出ていった。残ったものは捨てていいと言い、転出届だけ忘れた。

鯨井は右手の人差し指と中指でボタンを押してみた。機械は〈同一人物の指紋です〉と表示した。左手を使っても同じだった。管理人は通りかかり、「足の指も本人なら一人ですよ」と助言した。

美緒に連絡すると、既読はついたが返事はない。音声メッセージを再生しながら押してみたが、〈録音は世帯を構成しません〉。隣室の住人に頼むと、〈住戸番号不一致〉。規則は妙に几帳面だった。

月末最終日の二十三時、鯨井は美緒が残した段ボールを開けた。底に、去年二人で飲んだ炭酸飲料の空き缶が一本あった。側面に油性ペンで、彼女の字が残っている。

〈あの部屋を二人の家だと思ったこと〉

後悔は紙でなくても、本人が書いた容器なら入れられる。鯨井は缶を投入口へ差し込んだ。機械が彼女の名前を表示し、誰もいない左側のボタンがゆっくりへこんだ。鯨井は右側を押した。

缶が吸い込まれ、住民数が一人に変わった。続けて、鯨井自身の後悔を入れる画面になる。彼は紙に〈引き止める言葉を、退去手続きの話に変えたこと〉と書いた。一人分の指で押すと、今度はすぐ受理された。

商品口から、さっきの空き缶が戻ってきた。缶は縦にきれいに二つへ割れ、片側だけが温かい。もう片側の内側には、美緒の青いヘアゴムが、飲み口を結ぶように固く巻かれていた。

翌月の月末、機械は一人分の指だけで動いた。鯨井が新しい後悔を書こうとすると、割れた缶の半分が先に商品口へ落ちた。温かかった側はもう冷えていたが、切断面には青いヘアゴムで四〇三という数字が縫われ、最後の三だけが廊下側を向いていた。