四百ミリリットルの愛
【十八時二分 小槻日和】
丹生谷くんの血が必要です。
その通知を見た瞬間、丹生谷拓海はベッドから跳ね起きた。
日和は同じゼミの女子で、拓海が半年ほど片思いしている相手だ。普通なら恐怖を感じる文章だが、恋する者は都合よく解釈する。
【十八時三分 丹生谷拓海】
急だね。でも、小槻さんになら捧げてもいい。
【十八時三分 小槻日和】
本当? 助かります。できれば四百ミリリットル。
拓海は真顔になった。愛情表現にしては計量が正確すぎる。
【十八時四分 丹生谷拓海】
僕の全部じゃなくていいの?
【十八時四分 小槻日和】
全部は困ります。健康な成人男性なら四百で十分です。
これは新種の告白なのか、それとも事件なのか。迷っていると、次のメッセージが届いた。
【十八時五分 小槻日和】
明日、大学正門前で待っています。あなたじゃないと駄目なんです。
拓海の心は再び浮上した。「あなたじゃないと駄目」。告白以外に何だというのか。
翌日、花束を持って正門へ行くと、そこには大型の献血バスが停まっていた。日和は学生ボランティアの腕章をつけている。
「AB型の予約が二人もキャンセルになって。丹生谷くん、前に健康診断でAB型だって言ってたでしょう」
「僕じゃないと駄目、というのは」
「本日の目標人数的に」
「僕の血が必要、というのは」
「文字どおり」
「花束は?」
「献血ルームに飾っていい?」
拓海は、人生で最も華やかな気分のまま採血された。
終了後、日和は紙パックのジュースとビスケットを渡した。
「ありがとう。今度は、私個人からお願いがあるんだけど」
「次は成分献血?」
「違う」
「骨髄バンク?」
「違う」
「臓器提供はまだ心の準備が」
「命を差し出さなくていいから、私と付き合ってください」
拓海は疑った。腕章を見る。バスを見る。周囲にキャンペーンののぼりがないか確認する。
「それは、何かの募集?」
「恋人の募集。一名限定」
「活動日は?」
「できれば毎日」
「特典は?」
「私が喜ぶ」
「提供量は?」
「まずは、放課後二時間くらい」
拓海は笑ってうなずいた。
【十六時四十分 丹生谷拓海】
応募します。僕の全部で。
【十六時四十一分 小槻日和】
重いです。最初は四百ミリリットル相当の気持ちでお願いします。
二人の交際はこうして始まった。日和は後に「最初から少し好きだった」と告白したが、拓海は念のため「それは個人の感想ですか、献血推進委員会の公式見解ですか」と確認した。