四階から降りる

栗原詩都は、引っ越し会社への電話をかける前に、二足の靴を玄関へ並べた。

一足は細いヒールのブーツ。もう一足は、捻挫のあとに買った底の厚いスニーカーだった。

詩都は七年間、エレベーターのない建物の四階に住んでいた。窓から見える夕焼けが好きで、階段くらい平気だと思っていた。けれど冬に足首を痛めてから、買い物袋を抱えて上がるたび、三階の踊り場で息を整えるようになった。

更新を前に見つけたのは、同じ町の一階の部屋だった。窓の外は駐輪場で、夕焼けは見えない。家賃は少し高い。広さも今より一畳狭かった。

「まだ若いのに、一階を選ぶの?」

内見に付き合った友人は、悪気なく言った。詩都もそう思っていた。二十九歳で身体を理由に景色を手放すのは、早く老いることのようだった。

管理会社からは、今の部屋の更新確認が来ている。新しい部屋の申込期限も今日だった。二つの鍵を並べる代わりに、詩都は二足の靴を見た。

ヒールを履けば、足首はもう痛まない。ただ、痛まない日にも、痛むかもしれないと考えて階段を上る。その小さな警戒を、毎日支払っていることに気づいた。

引っ越し会社へ電話し、新しい住所を伝えた。

「一階ですので、階段料金はかかりません」

担当者の事務的な声に、詩都は少し笑った。安くなるのは千円だけだった。

夕方、窓辺の植木鉢を一つ持ち、四階からゆっくり下りた。夕焼けは踊り場の小窓からも見えた。見えなくなるものばかりではないらしい。

一階の部屋をもう一度見に行くと、駐輪場のベルと宅配便の台車が窓越しに聞こえた。静かな四階とは違う。防犯も気になる。詩都は補助錠と厚いカーテンの値段を調べた。身体を楽にする部屋にも、別の不便と費用がある。それを知らずに選ぶわけではなかった。

階段を降りる決断は、弱くなる宣言ではない。詩都は、痛くない日にまで痛みを証明し続ける暮らしから移るのだと思った。

詩都はスニーカーを新しい玄関へ置き、ヒールも捨てずに隣へ並べた。