回ったのは卓
黒瀬廉士は、足元の金具を蹴った。
円卓が半回転し、三つの杯が音もなく位置を変える。彼の前にあった黒い杯は、向かいの医師の前へ。医師の白い杯が廉士の正面へ滑ってきた。
《合図までは杯に触れるな。合図後、正面の杯を飲み、生き残れば通過》
医師が立ち上がる。
「反則だ! 杯を動かした!」
「触れていない」
廉士は両手を見せた。触れたのは卓を回す留め具だけだ。天井の警告灯は沈黙したまま。三人目の占い師は、杯より二人の顔を見比べていた。
廉士が黒を毒と読んだ理由は一つ。医師がルールを聞いた直後、自分の白ではなく、廉士の黒を見て脈を数える癖を見せたからだ。彼は主催者側の協力者で、毒の位置を知っている。
卓が回ると、医師は反射的に黒い杯を追った。自分の身を守る者は安全な白を追う。毒の所在を管理する者だけが、危険物から目を離せない。その視線が、廉士の読みを確信へ変えた。
合図。
廉士は白を飲み干した。占い師は赤を少しずつ啜る。医師だけが黒を前にして動かない。
『三秒以内に飲用せよ』
「戻せ! これは私の杯じゃない!」
「正面の杯だよ」
廉士の言葉と同時に、機械の腕が医師の顎を上げ、黒い液体を流し込んだ。男の目が見開かれ、数秒で焦点を失う。
『通過者、黒瀬廉士、津守沙夜』
占い師の沙夜が卓の裏を覗く。
「この回転機構、最初から用意されていたのね」
「主催者は、誰かが杯を交換するところを見たかったんだろう。でも禁止したのは、杯に触れることだけだ」
廉士は卓をもう一度、ゆっくり元へ戻した。
回転軸の内側には、過去に何度も使われた擦過痕があった。解法を見つけた者は以前にもいたのだろう。それでも主催者は、参加者が杯だけを見つめるたび、同じ罠を使い続けた。
死んだ医師の前から黒い杯が離れ、空席へ滑る。
沙夜は倒れた医師へ目を伏せたが、廉士は見なかった。協力者が本当に自発的だったかは分からない。それでも、毒の位置を知りながら黙っていた事実だけは変わらない。
「人を駒にする側は、盤そのものが動くとは思わない」