土の色を読む
発掘現場で、垣内綺羅はいつも最後までしゃがんでいた。
刷毛を一度動かすたびに土の色を見比べ、記録板へ細い線を引く。博物館で遺物整理を十年続けた彼女は、派手な出土品より、その周囲に残る順番を信じていた。宮処教授は、その慎重さを「考古学ごっこ」と呼んだ。
「学位もない補助員が、層序を語るな。遅いだけなら誰でもできる」
山腹の古墳から、金色の耳飾りが出た日、教授は記者発表を翌朝に決めた。
綺羅は耳飾りの周囲だけ、土が上下逆になっていることに気づいた。下層にあるはずの黒土が上へ混じり、根の切断面も新しい。さらに耳飾りの仮番号は、その日まだ使っていないはずの連番だった。誰かが発見前に登録票を用意していたことになる。
「いったん公開を止めてください」
教授は耳飾りをケースへ納めた。
「また勘か」
「花粉を調べれば、掘り返された時期が分かります」
「大発見を邪魔する無能は、今日で外れてもらう」
その場には、調査費を出した財団の理事・藤代もいた。
教授は綺羅を追い出すよう警備員へ合図したが、藤代は先に土壌袋を受け取った。
「規程では、異議が出た試料は第三者検査です」
夜、簡易分析の結果が届いた。
耳飾りの周囲から検出されたのは、現場近くには自生しない観賞用ユリの花粉。しかも開花時期は二週間前だった。
教授は「作業員の靴から入った」と説明した。
綺羅は記録板を一枚出す。
耳飾りが見つかる前日の断面図には、掘削跡がない。翌朝、教授だけが立ち入った記録のあと、層の境界が不自然に消えていた。
藤代は現場カメラを確認した。綺羅が毎日、断面図と一緒に撮影位置まで記録していたため、死角と思われた搬入口の映像へすぐたどり着けた。
深夜、教授の車から小さな保管箱が運び込まれている。
「これは演出だ。注目を集めれば調査は続けられる」
教授の声は、もう記者発表用の堂々としたものではなかった。
藤代は発表資料を閉じ、財団本部へ接続した。
画面上で宮処の調査権限が灰色に変わる。
続いて新しい証拠保全責任者の欄が開き、藤代は垣内綺羅の名を入力した。