墓地ではお静かに
「墓地では、お静かにお願いします」
大聖堂の墓守オルドは、見学に来る子どもにも、騒ぐ烏にも、同じ言葉をかけた。
彼の仕事は墓石を洗い、風で倒れた花を立て、参道の落ち葉を掃くことだ。剣を佩いた騎士たちは、古びた外套の老人を見ても挨拶をしない。助祭見習いのカイだけが、夕刻の戸締まりを手伝っていた。
「オルドさん、北廟の鎖が切れています」
「錆でしょう。あとで替えます」
鐘が六つ鳴ったとき、北廟の石扉が内側から吹き飛んだ。
黒い甲冑の騎士が、土煙の中から歩み出る。三百年前、王を裏切って処刑された《逆冠卿》。墓に封じられたまま、死者の怨念を吸っていた亡霊だ。空洞の兜から青い炎が噴き、手には人の背丈ほどある大剣が握られている。
カイは聖句を唱えた。光は甲冑に触れる前に砕けた。
亡霊が祭具庫へ向かう。中には、国の守護結界を支える聖骨がある。
オルドは落ち葉を集めていた鉄の熊手を持ち直した。
「眠れない方は、たまにいらっしゃいます」
逆冠卿の大剣が振り下ろされる。
オルドは熊手を一度、下から上へ払った。
澄んだ音がした。大剣は中央から二つに割れ、黒い甲冑には胸から兜まで細い光の筋が走る。その線だけを通って青い炎が抜け、夜空へ昇り、鐘楼の上で消えた。
甲冑は空になって崩れた。石畳には傷一つない。
カイは膝をついたまま震えた。聖堂の古文書にある《天送り》。敵の肉ではなく、宿った執念だけを斬る剣聖の奥義。最後の使い手は、半世紀前に名を捨てたという。
オルドは甲冑を拾い、北廟へ戻した。割れた鎖を新しいものに替え、飛び散った土を均し、足跡の上へ落ち葉を薄く散らす。石扉の欠けは、修繕用の灰泥で埋めた。
「今のことを司祭様へ――」
「夜露が出ます。先に中へ」
オルドは再び箒を動かした。さら、さら、と葉が寄る。亡霊の叫びより、その音のほうが墓地にはよく似合った。
カイがまだ口を開こうとすると、老人は冒頭と同じ言葉を、今度は人差し指を立てて告げた。
「墓地では、お静かにお願いします」