売れた歌の葬列

柊崎悠璃の兄は、生前一曲だけ応募した。音楽選考AIの評価は六十九点。採用基準に一点届かず、曲は誰にも聴かれないまま、兄は三十五歳で事故死した。

葬儀のあと、悠璃は過去修正サービスを使った。評価欄の「69」を「70」に変える。兄の才能を世界に認めさせたかった。

更新後の街では、その曲が流れていた。駅の発車音、卒業式、選挙CM、戦争追悼式。誰もが歌える国民歌になっていた。

悠璃は高層マンションの最上階に住み、兄の遺産管理会社の代表になっていた。だが兄の命日は十三年前へ移っていた。二十二歳で急死。過密な公演と覚醒剤、契約違反の違約金。端末には、未公開音源を出せと求める訴訟と、兄を殺したのは妹だという罵声が届き続けていた。元の世界で兄が生きたはずの十三年間には、母の通院へ付き添ったこと、悠璃の引っ越しを手伝ったこと、売れない曲を子ども向け教室で教えたことがあった。どれもニュースにはならない。売れた世界では、それらの時間がすべて公演と移動へ置き換わっていた。

街角の銅像には若い兄の笑顔が刻まれていたが、悠璃が覚えている三十代の少し太った顔は、この世界のどこにもなかった。

保存映像の兄は、眩しい舞台で笑っていた。楽屋へ戻ると笑顔を消し、カメラに向かって言った。

「悠璃、売れなかったら、一緒にラーメン屋でもやろうな」

その言葉は商品化され、カップ麺の広告にも使われていた。

過去修正AIは、元へ戻せば兄の十三年が返る代わりに、曲は再び無名になると告げた。悠璃は、自分が兄を救いたかったのではなく、兄を失った悲しみに観客が欲しかったのだと気づいた。

取消を押すと、街から歌が消えた。兄は三十五歳まで生き直し、悠璃の記憶には、売れない曲をからかいながら食べた夜食が戻った。

彼女は兄の死後、音源を無料公開した。宣伝も採点もつけず、説明には一行だけ書いた。

――これは、世界に認められなくても、私が好きだった歌です。

再生回数は百二十七回で止まった。悠璃には、それで十分だった。