売れ残った青空
文化祭二日目の午後、青いゼリーだけが二十三個残っていた。
一年六組のテーマは「空の喫茶店」。透明なカップへ青いソーダゼリーを入れ、雲に見立てた生クリームを載せる。写真映えを狙ったはずが、客には「舌が青くなりそう」と避けられた。
販売係の羽澄伊吹は、廊下へ向かって最後の呼び込みを続けた。
「本日限定、食べられる青空です!」
返事はない。隣のクラスのたこ焼きだけが売れていく。
「値下げする?」と厨房の誰かが言った。
「原価割れ」
「廃棄よりまし」
「私が全部食べる」
「二十三個あるよ」
「空くらい飲み込める」
伊吹が強がると、窓際でポスターを外していた澤渡礼央が一個買った。
彼は準備期間中、ほとんど教室にいなかった。家の事情で早退が多く、当日も昼から来た。クラスの写真には間に合ったが、みんなの輪へ入るタイミングを逃したように、ずっと窓のそばにいた。
「おいしい?」と伊吹が訊く。
「まだ食べてない」
「感想を先に」
「青い」
「それは見ればわかる」
礼央はスプーンで雲を崩した。白と青が混ざり、カップの中で薄い水色になる。
「思ったより普通」
「褒めてない」
「普通においしい」
「それなら合格」
礼央はもう一個買った。
「誰の分?」
「家」
「お土産に生もの?」
「弟が来たがってた。でも病院から出られない」
「そうなんだ」
伊吹は値札を見た。二百円。
「一個おまけ」
「余ってるから?」
「違う。空は一人一個じゃ足りないから」
礼央の袋へ、青いカップを二つ足した。
その会話を聞いていた後輩が、廊下で叫んだ。
「病院へのお土産にも最適! 食べられる青空、残り二十個!」
「勝手に設定足すな」と伊吹が止める前に、通りかかった保護者が足を止めた。そこから不思議なほど売れた。受験勉強中の兄へ、仕事の父へ、来られなかった友達へ。客はみんな、誰かの分も買っていった。
閉会五分前、最後の一個が残った。
礼央が戻ってきた。
「弟から写真来た」
画面には、病室の窓を背景に青いゼリーを掲げる小さな手が写っていた。
伊吹は最後の一個を二人で分けた。生クリームは溶け、見本よりずっと曇っている。
「空、曇ったね」と礼央が言う。
「文化祭終わるから」
「明日は?」
「たぶん晴れ」
二人は窓の外を見た。本物の空は夕焼けで、青くなかった。
それでも伊吹には、売れ残りから始まった二十三個の青が、校舎の外へ少しずつ運ばれていくのが見える気がした。