夜勤の白衣
看護師は夜勤のたび、休憩室の食事を残した。
患者の呼び出しが続き、座る時間が惜しい。
同僚に休めと言われても、
「平気です」
と白衣の襟を直した。
ある夜、予備の白衣を隣のフックへ掛けると、そこから自分と同じ姿の看護師が現れた。
予備の白衣を着たもう一人の自分は、用意された夜食を本物が食べ終えるまで、病棟の巡回を代わる。
本物は驚きながら休憩室へ残った。
食べるふりをして、扉の隙間から代役を見た。
高齢の患者が呼び出しボタンへ手を伸ばし、途中で止めた。
もう一人の看護師が先に入る。
「痛みますか」
患者は、
「あなた、昨日も眠そうだったから呼ばなかった」
と答えた。
別の患者は水を頼んだあと、
「忙しいのにごめんね」
と何度も謝った。
看護師は、誰にも疲れを見せていないつもりだった。
実際には患者たちが、世話をされる側なのに、彼女を休ませるため痛みや渇きを小さくしていた。
代役はすぐ答えを出さなかった。
ベッド脇へ座り、話が終わるまで待った。
本物より手際は遅い。
巡回表には遅れが出た。
けれど病室の呼び出しは次第に減った。
休憩室の弁当には、家を出た娘からの短い紙が入っていた。
「食べないと、患者さんより先に入院するよ」
看護師は冷えたおにぎりを一口食べた。
代役の肩が少し透ける。
全部食べれば消える。
仕事へ戻らなければという焦りと、もう少し任せたい気持ちが同時に湧いた。
最後の一口を飲み込み、病棟へ出た。
もう一人の自分は消え、巡回用の灯りだけが廊下に残った。
看護師は同僚へ、夜勤の休憩が取れていないことを初めて報告した。
人員をすぐ増やすことはできなかったが、巡回と休憩を交代で固定し、呼び出しを遠慮しないよう患者へ伝えた。
次の夜勤、看護師は予備の白衣を掛けなかった。
決められた休憩時刻に弁当を開く。
患者から呼び出しが鳴った。
同僚が行こうとする。
看護師は立ちかけ、座り直した。
「お願いします」
代役に仕事を奪われたのではない。
自分一人が欠けても、病棟を続けられる形を作ることも、看護の一部だと知ったのだった。