夜契約の魔女が落とした白紙
弟が競売台へ上げられる朝、リーゼは夜契約の魔女を倒した。
魔女は人の約束を鎖に変えるボスだ。最後の呪文を唱えさせる前に、リーゼは自分の血で床へ円を描き、魔女自身の影を縛った。契約には必ず双方が必要――公証院で十年働いた彼女だけが気づいた弱点だった。
消えた魔女の椅子に、一枚の白紙が残る。戦利品の箱も光の演出もない。だが紙の四隅には、誰にも強制されない署名を意味する銀の余白があった。
《拒絶の原紙》。
契約系ボスの限定品を必ず得る《条文指定ドロップ》で、初めからそれだけを狙っていた。白紙は一つの原契約へ重ねれば、本人が自由な意思で承諾していない条項をすべて消す。
リーゼは競売場へ駆け込んだ。
壇上では、高利貸しのザハールが弟の首輪を掲げていた。父が借りた銀貨十枚は、手数料と罰金を重ねられ、家族全員を百年働かせる額に膨らんでいる。
「姉も来たか。ちょうどよい。連帯保証人として署名しろ」
差し出された羽ペンを受け取り、リーゼは笑った。
「署名する紙が違います」
彼女は帳簿棚から原契約を抜き、白紙を重ねた。
一瞬、何も起きない。
次いで、紙の中から声が響いた。
『文字は読めぬが、印を押さなければ薬を売らぬと言われた』
『家族には請求しないと説明された』
『空欄は後で埋められた』
父の声と、立会人の証言と、書記の独白。白紙は消す前に、隠された不同意をすべて読み上げた。
利息、連帯保証、身売り、財産没収。黒い条文が次々に剥がれ、灰になる。最後に残ったのは「銀貨十枚を借り、すでに十二枚を返済した」という二行だけだった。
弟の首輪が落ちる。さらに同じ原契約から複製された百三十人分の首輪も、競売場中で一斉に外れた。
ザハールが逃げようとするが、公証院長が扉を閉ざした。
「強要、偽造、過剰徴収。今度はお前が、正しい契約の当事者になる番だ」
弟が駆け寄る。リーゼは白紙になった借用書を二つに破り、彼の手へ渡した。
「もう、誰の持ち物でもない」
紙片が床へ触れる前に光へ変わり、遅れて鑑定結果が現れた。
【契約ボス限定SSR《拒絶の原紙》――強制契約百三十件同時解除、世界初】