夜霜を返す透明屋根
北境の春は、王都より一月遅い。
それでも公爵は建国祭に新鮮な葉菜を出せと命じ、温室魔石を買えない修道院農園へ百鉢の苗を押しつけた。昨年は一夜の霜で全滅し、院長が賠償のため銀器を売った。今年も予報石は青く曇っている。
冬樹透真は、倉庫にあった透明な油紙と木枠を運び出した。
「紙の屋根で寒さを追い払う?」
公爵家の庭師長ネブロは、失敗を見届けるため百鉢のうち五十鉢だけを透真へ渡した。
透真は苗の上へ低い三角屋根を組み、油紙を隙間なく張った。南側を昼の光へ向け、地面との境を土で塞ぐ。火も魔石も入れない。日が落ちる前に、水桶二つを枠の中へ置いた。
残り五十鉢は、庭師長のやり方どおり露天へ並べられた。
夜半、霜が降りた。石畳は白く鳴り、露天の葉には針のような氷が立つ。ネブロは勝ったつもりで笑ったが、透真は屋根を開けなかった。
朝鐘と同時に油紙を外す。
露天の苗は四十三鉢が黒く萎れ、指で触れると葉が崩れた。透明屋根の中では、四十八鉢が緑のまま立っていた。紙の内側には細かな水滴がつき、夜の冷気と葉の間に一枚の空気層が残っている。
庭師長が温度石を確認する。最低温度は露天が氷点下四目盛り、枠内が氷点上一目盛り。昼に入った光と地面の熱を、低い覆いが夜まで逃がさなかった。
「水桶に火魔法を隠したな」
ネブロは桶へ手を突っ込んだ。冷たい水しかない。昼に温まった水が、夜にゆっくり熱を返しただけだ。
透真は生き残った苗を一鉢抜き、白い根を見せた。凍傷はない。建国祭まで二十日あれば、十分に葉を広げられる。
公爵夫人は黒くなった四十三鉢を数え終えると、庭師長の温室魔石購入書を閉じた。
「魔石一個の代金で、この屋根は二百棟作れる」
彼女は透真へ農園の鍵を渡した。
「祭の葉菜だけではない。来冬から北境の育苗を、すべて君の方式に切り替える」
油紙を切る注文が、その場で紙職人組合へ飛んだ。