天井に引いた鉛筆線

梅雨入り三日目、シェアハウスの居間に雨が落ちた。

最初は一滴だった。榎並伊吹がバケツを置く間に二つ目、三つ目が畳へ染みた。二階から八代岳が下りてきて、天井を見上げる。

「また俺の部屋の下か」

「また、じゃない。去年は廊下」

「俺が来てから壊れるって言いたい?」

「誰も言ってない」

岳は入居して一月だった。前の住人が残した家具を勝手に捨て、共同費の使い道にも口を出す。伊吹は管理役として何度も注意し、岳はそのたび「古参の家じゃないだろ」と返した。

雨脚が強くなる。二人は脚立を運び、天井板の染みを鉛筆で囲った。十分後に線の外へ水が広がれば、屋根裏へ上がる必要がある。

「俺が行く」

岳が言った。

「場所が分からない」

「俺の部屋の押し入れから入れる」

押し入れには、岳の段ボールが天井まで積まれていた。前の住人の家具を捨てたのは、自分の荷物を入れるためだったらしい。箱には〈実家・台所〉〈父の工具〉〈処分保留〉と書かれている。

二人で箱を廊下へ出した。岳は説明しなかった。伊吹も聞かなかった。

屋根裏は蒸し暑く、断熱材が湿っていた。伊吹がライトを持ち、岳がブルーシートを梁に結ぶ。釘に袖を引っかけた岳を、伊吹が腰ベルトごとつかんだ。

「落ちたら修繕費が増える」

「心配の仕方が管理人だな」

「住人が減ると家賃も増える」

応急処置を終え、居間へ戻る。鉛筆の線から水は広がっていなかった。畳は濡れたが、二人の寝具は無事だった。

岳は廊下の箱を見て、押し入れへ戻そうとした。伊吹は〈父の工具〉だけを持ち上げ、居間の収納へ入れた。

「共用にする。嫌なら名前を書け」

「勝手だな」

「お前が捨てた棚の代わりだ」

岳は箱を取り返さなかった。代わりに中から古い金槌を出し、曲がった雨樋を直すため玄関へ置いた。

夜、住人たちは濡れた畳を避け、居間の片側で夕食を取った。岳は自室へ皿を運びかけ、鉛筆の線の下で足を止める。伊吹が空けた座布団の隣に座り、金槌の柄へ新しい共有ラベルを巻いた。線は天井に残ったままだったが、その真下から誰も席を外さなかった。