天気予報のあとで
「明日のことは、明日にならないと分かりません」
地方テレビ局の気象デスクで、森川綾音はよくそう言った。予報が外れたと責める高槻尚人へではなく、放送後の食事や休日の予定を決めたがる彼へ向けて。
尚人は番組ディレクター、綾音は気象キャスターだった。二人で台風の進路を追い、雪の朝には始発より早く出社した。夜食の店も、互いの苦手な食べ物も知っているのに、約束はいつも「状況次第」。仕事の延長なら近くにいられた。
綾音の仙台支局への転勤が決まると、尚人は送別特集の進行表を完璧に作った。花束を渡す秒数まで書かれているのに、その先の予定は白紙だった。
綾音の机にあった地域別の天気図は後任へ渡され、尚人が毎朝置いていた蜂蜜入りの紅茶も「最終週ですね」と笑って受け取るしかなかった。最後の金曜、尚人はいつものように「週末の予定は?」と聞いた。綾音は癖になった言葉で逃げた。
「明日にならないと分かりません」
最後の生放送。綾音は春の週間予報を読み、カメラへ笑う。
「週末は広い範囲で晴れるでしょう」
音楽が上がり、赤いランプが消えた。スタッフの拍手と花束。尚人は台本どおり「お疲れさまでした、森川さん」と言った。
名字が胸へ冷たく落ちた。
片づけのあと、綾音が空のスタジオを出ようとすると、天気図のモニターに見慣れない表示があった。仙台と東京を結ぶ線。その上に、隔週土曜の日付と列車番号が並んでいる。
「何の予報ですか」
「僕の移動予定です。降水確率に関係なく運行します」
尚人は最初の指定席を確定し、スマホを綾音へ渡した。同行予定の欄は空白ではなく、《綾音》と名前だけが入っている。
綾音は自分の予定表を開き、間の週に東京行きを登録した。件名を《尚人に会う日》へ変える。さらに彼の手からリモコンを取り、スタジオの照明を落とした。
暗くなった床で、尚人の手を探す。見つけた指を握ると、彼は一度も迷わず絡め返した。
「綾音」
「はい。次の土曜は晴れでも雨でも来てください」
明日のことは、明日にならないと分からない。
けれど二人はその夜、明日より先に会う日だけを、確かな予定へ変えた。