失敗より遅い承認
医療機器メーカーの損害負担会議で、兼平紬は小さな設計会社の若手技術者として呼ばれた。輸液ポンプの樹脂爪が耐久試験中に割れ、量産延期の損害三千万円を下請けへ負担させるという。
元請けの野々瀬部長は、紬の設計ミスだと断定した。図面変更承認書には、肉厚を一・二ミリへ減らした紬の署名がある。
紬は署名を見た。確かに自分の名だ。しかし承認時刻は五月十一日午前十時二十八分。破損試験が行われたのは同日午前九時四十二分だった。
「失敗した四十六分後に、失敗の原因を承認したことになっています」
野々瀬は、口頭では前日に承認していたと答えた。
紬は会議録を出した。前日の提案は一・八ミリ。野々瀬がコスト削減のため一・二ミリを指示し、紬が「耐久性を再評価するまで不可」と記した文書である。野々瀬の確認印も押されていた。
試験当日の朝、元請けは紬に知らせず一・二ミリの試作品を作り、破損後に承認書を送ってきた。電子署名画面には「内容確認」ではなく、添付受領のためのワンクリック欄しかなかった。元請けはその受領記録を切り取り、設計承認へ貼り付けていた。
法務担当は、紬の署名が存在する以上、責任分担は可能だと言った。
紬は元ファイルのハッシュ値を示した。受領書と承認書は別文書で、署名画像を移した時点で電子証明が失効している。画面の緑色マークはスクリーンショットだった。
下請け会社の社長は、三千万円を払えば取引を続けてもらえると紬を制した。
「続くのは取引ですか。それとも、失敗のたびに遅れて届く承認書ですか」
紬は破損した爪の顕微鏡写真も示した。樹脂材料まで指定品と異なり、元請けが安価な代替材へ変更していた。材料変更票には野々瀬の承認印があるが、下請けへの通知欄は空白だった。肉厚だけでなく、知らされていない材料変更まで設計会社へ背負わせようとしていた。
製品担当役員が損害請求書を伏せた。午前十時二十八分の署名は、九時四十二分の亀裂より先へ進めなかった。