家業のシャッター
父のパン屋は、私が帰宅する時間にはいつもシャッターを半分下ろしていた。
売れ残りを袋へ詰め、翌朝の仕込みを始める合図だ。
進路希望調査には、県内の経営学部と書いた。店を継ぐため、と担任にも説明した。
けれど本当は、東京で建築を学びたかった。
パン屋ではなく、店を建てる人になりたかった。
放課後、担任に呼ばれた。
「お父さんから電話があった」
勝手に進路の相談をしたのかと思い、腹が立った。
「何て」
「娘が店を継ぐと言っているが、自分は頼んでいない、と」
私は言葉を失った。
その日の夜、半分下りたシャッターをくぐった。
父は粉のついた手で生地を丸めていた。
「継いでほしくないの?」
「継ぎたいならうれしい。でも、お前は店の図面ばかり描いてただろ」
小学生のころ、店を改装する妄想をノートに描いていた。窓を広くし、客席を二階へ作り、屋上に小さな庭を載せた。
父は全部覚えていた。
「東京はお金がかかる」
「店を畳めば出せる」
冗談に聞こえなかった。
「そんなの嫌」
「なら、奨学金でも働くでも、自分で方法を考えろ。店を理由に諦めるな」
「店がなくなったら困る」
「お前が戻るまで残す努力はする。でも、約束はできない」
父は焼き上がったパンを一つ割った。
湯気が上がった。
夢を追っている間に、帰る場所がなくなるかもしれない。その現実を、私は初めて正面から見た。
「もし店がなくなったら」
「別の店を建てろ」
父は簡単に言った。
翌日、進路希望調査を書き直した。
第一志望は東京の建築学科。備考欄に、家業の店舗設計を研究したいと書いた。
担任は読んで笑った。
「立派な志望理由だな」
「半分は後づけです」
「後からでも、つながれば道になる」
合格後、上京する前夜に店のシャッターへ寸法を書き込んだ。幅、高さ、錆びた位置。
父が「何してる」と聞く。
「戻って改装するときの資料」
「そのころまで店があるかな」
「なかったら、ここに別の店を建てる」
私は父と同じことを言った。
東京へ行く朝、シャッターはまだ閉まっていた。
けれど、下ろされた鉄板が終わりではなく、これから描く立面図に見えた。