屋上の小さな部屋

竹林院玄悟は、駅前の古い雑居ビルの屋上に住んでいた。

六畳二間、風呂は狭く、家具は前の住人が置いていったものを直して使っている。大神田昂士は、玄悟の住所を知ってから、彼を「屋上小屋」と呼んだ。

「うちは新築タワマンの三十二階。玄悟んちは、そのうち取り壊されるだろ」

玄悟は否定しなかった。

数か月後、その一帯で再開発説明会が開かれた。昂士の父はマンション管理組合の代表として壇上へ立ち、資産価値を上げるため、古い商店や低層住宅を早く退去させるべきだと主張した。

玄悟は制服のまま、会場後方で資料を読んでいた。

「学生は外へ出てろ」

昂士の父が言うと、再開発会社の社長が立ち上がった。

「竹林院様は、土地所有者側の代表です」

会場が静まる。

駅前から川沿いまでの土地は、竹林院家が代々所有していた。玄悟の母は不動産会社の社長で、父は防災建築の研究者。家族が屋上の管理人室で暮らしていたのは、豪邸を改修して貸し出し、賃料を高齢者向け住宅の維持費へ回していたからだった。玄悟自身も、大雨の日の排水や屋上温度を毎日記録していた。

スクリーンに新計画が映る。

高層棟を増やす案ではなく、古い商店を残し、耐震補強と緑化を進める案。家賃は十年間据え置き。屋上には誰でも使える避難庭園が造られる。

昂士の父が声を荒らげた。

「そんな計画では、うちの部屋の価値が上がらない」

玄悟は資料を閉じた。

「町の価値は、一室を高く売れるかだけでは決まりません」

再開発会社の社長が契約書を開く。最終承認欄には、竹林院家の署名が必要だった。

昂士が玄悟へ小声で言う。

「本当に地主なら、もっと広い家に住めよ」

「広い家は、今は十二世帯が使ってる。そのほうが役に立つから」

玄悟の母が承認印を手渡した。彼は家賃据え置きと立ち退き強制禁止の条項を確認し、静かに判を押す。

巨大スクリーンへ〈土地所有者承認済〉と表示された瞬間、取り壊されると笑われた屋上の小さな部屋が、地域一帯の未来を決める最上階になった。