山椒塩の枝豆
沢渡恭平は、明日の始発で故郷へ戻る。東京のシステム会社を辞め、山間部の測量にドローンを使う会社へ入るためだった。
実家の父には、転職を伝えた。返ってきたのは「玩具を飛ばして山が守れるか」という一文だけだった。父は林業を四十年続け、三年前に腰を痛めて現場を離れた。恭平が高校生のころ、「山の仕事だけはするな」と言った本人でもある。
父が腰を痛めた現場は、雨の翌日の急斜面だった。倒れた木の位置を確かめるために足を滑らせたと後から聞いた。恭平がドローンの会社を選んだ理由の半分は、その事故にある。残り半分は、東京の画面の中だけで働き続ける自分に、山を語る資格がないと思ったからだった。
恭平は説明文を何度も書いた。急斜面へ人が入る回数を減らせること。倒木の位置を早く特定できること。採用された会社が県の実証事業に選ばれたこと。どれも送らず、画面に残っている。
実家へは泊まらず、会社の寮へ直行する予定にしている。父と顔を合わせれば、初日の前にまた言い争う気がしたからだ。その避け方まで、東京へ出た十八歳のころと変わらない。
居酒屋「木霊」では、店主が枝豆を鉄板で焼いていた。莢の水分が弾け、ぱん、と小さな音がする。焦げた青い匂いに、挽いた山椒の鋭い香りが重なった。熱い莢を指で押すと、白い湯気と一緒に豆が飛び出した。
「父親に、分からせたいんです」
恭平が言うと、店主は焦げた莢を皿の端へ寄せた。
「莢は食わないぞ」
「分かってます」
「なら、中だけ出せ」
説教とも助言ともつかない声だった。
恭平は長い説明をすべて消した。代わりに、転職先の住所と、明日の出社時刻を書いた。
『七時半に着く。初日は山へ行かない。機体の点検から覚える』
それだけ送る。父が認めるとは思わない。既読だけついて返事がないかもしれない。実家へ寄れば、また玩具と言われるかもしれない。それでも仕事を始める前から、山の未来を論破する必要はなかった。
返信は来なかった。恭平は莢を割り、丸い豆を舌へ乗せた。塩気のあとに山椒が細く痺れ、指先には鉄板の熱がしばらく残った。