崖茶屋は嵐のあとも

ケストは以前、王立気象塔で嵐を数えていた。

青い制服の襟は潮で白くなり、胸ポケットには「緊急観測」の紙片が何枚も残っている。雷雨の夜ほど人手は減り、彼だけが塔の最上階で風速計を抱えた。

今の住まいは、海を見下ろす崖の茶屋だ。古い柱は細く、最初の嵐で吹き飛ぶと村人は言った。

実際、開店三日目に大嵐が来た。庇は剥がれ、窓板が裂け、看板は谷へ消えた。ケストは毛布にくるまり、直すのは晴れてからでいい、と初めて自分へ許した。

翌朝、茶屋は何事もなかったように立っていた。庇には新しい木目が走り、窓板は厚くなり、谷へ落ちたはずの看板まで元の鎖で揺れている。

店内では風の精が湯を沸かし、旅人の注文に合わせて茶葉を量る。客は代金を青い瓶へ落とす。瓶が一杯になると、自動で村の金庫とケストの口座へ分配された。

《茶代入金。七日分の生活費》

そこへ、気象塔から赤い稲妻印の通信が来る。

『南海上に大型低気圧。今夜の観測班が足りない。直ちに復帰せよ』

ケストは崖の向こうを見た。雲は遠く、海鳥は低く飛んでいる。昔なら、胸が痛くても塔へ走っただろう。

「観測班を足りないままにした責任者へ連絡してください」

『お前は嵐を前に休めるのか』

「休めます。休めない職場を辞めたので」

通信石を裏返すと、強い風が茶屋へぶつかった。戸が外れかける。だが木の蔓が蝶番を包み、すぐ元へ収めた。

昼前、郵便鷲に乗った配達人が茶屋へ滑り込んだ。風精は濡れた外套を乾かし、注文も聞かず生姜茶を一杯出した。配達人は硬貨を瓶へ落とし、「嵐が弱まるまで休ませてもらう」と椅子へ沈む。誰も、嵐の中を今すぐ飛べとは言わない。ケストは窓外の黒雲を見た。かつては危険度を数字にし続けた雲が、今日はただ海の景色の一部だった。茶屋も客も、自分で待つことを選んでいる。

ケストは風精へ店を任せ、裏口から坂を下った。湯治場の露天風呂には、まだ誰もいない。

緊急通知をすべて無音へ変え、首まで湯につかる。遠くで雷が鳴ったが、彼は数えなかった。