川石が覚えた呼び名

川辺の博物館で、石用の翻訳軟膏をもらった。

掌で温めると、その石が水辺で最後に聞いた呼び名を一つだけ話す。

父は息子と、亡くなった娘がよく遊んだ川へ行った。

三年前の事故以来、息子は妹の名を口にしない。

父も、悲しませると思って避けてきた。

丸い石へ軟膏を塗る。

「お母さん」

別の石。

「早く」

別の石。

「冷たい」

川は誰かの大切な言葉だけを残しているわけではない。

遊ぶ子ども、散歩する人、犬を呼ぶ声。

何年分もの最後の一語が、石ごとに違った。

父は娘の名を探した。

息子は黙って石を拾い続けた。

夕方、平たい青い石が見つかった。

温める。

「お兄ちゃん」

娘の声だった。

息子の手が止まった。

事故の日、最後に妹からそう呼ばれたのは自分だという。

川へ落とした帽子を取ろうとした妹を、息子は止められなかった。

父は、責めたことはない。

だが息子は、自分が呼ばれたせいで助けられなかったと思っていた。

「返事した?」

父が聞く。

息子は首を振った。

怖くて、声が出なかったという。

息子は石を握り、

「何て返せばよかった」

と尋ねた。

石は一つの呼び名しか話さない。

何度温めても、

「お兄ちゃん」

と繰り返す。

父は答えを持っていなかった。

代わりに、自分が避け続けた娘の名を口にした。

川の音に混ざるほど小さく。

息子も続けた。

二人で名前を呼ぶと、悲しみが増えた。

それでも、存在を消すよりはましだった。

帰り道、息子が父を呼んだ。

「お父さん」

父はすぐ振り返った。

「何」

「呼んだだけ」

返事があることを確かめたかったらしい。

父はそれから、息子の呼びかけに必ず顔を向けた。忙しくても、遠くても、一度は「聞いている」と返した。

青い石は家へ持ち帰らず、川辺へ戻した。

誰かが次に拾い、別の呼び名を聞くかもしれない。

娘の声が消えるようで怖かったが、父は手を離した。

亡くなった人の最後の呼びかけへ、正しい返事はできない。

けれど生きている人が呼ぶ今の声には、遅れず振り向ける。

父と息子は川へ来るたび、互いの名を一度だけ呼ぶようになった。

返事はいつも、ごく普通の「何」だった。