延長しない十曲目

二十一時五十分。御子柴誠玄と名越朱音はカラオケ店の狭い部屋で、終了十分前の表示を見ていた。学生時代から、悩み事がある日はここへ来る。歌うより話す時間のほうが長く、二人の履歴には途中停止した曲ばかり残った。誠玄が失恋した夜だけは朱音が十曲続けて歌い、彼が泣く時間をマイクの音で隠してくれた。

朱音は青い表紙の歌詞ノートをテーブルへ置いた。

「男友達に告白しようと思ってる」

「俺に相談するってことは、失敗したくない相手か」

「まあね」

「なら、やめたほうがいい」

朱音の指が止まった。

誠玄は缶の炭酸を一口飲んだ。胸の奥が痛んだが、友人として正しいことを言う。

「長い友達を一回の告白でなくすの、もったいないだろ。相手が鈍いなら、なおさら」

「鈍いんだよね。本当に」

「じゃあ、新しい人を探せばいい」

朱音は笑い、端末で十曲目の予約を消した。歌詞ノートを誠玄へ押しやる。

「これ、処分して。明日から、紹介された人と会ってみる」

「急だな」

「今日、答えが出たから」

二十一時五十七分。朱音は先に会計へ向かった。誠玄は、彼女が選んだ誰かに少しだけ腹を立てながらノートを鞄へ入れた。

店員から延長確認の電話が鳴ったとき、ノートの間から薄い複写紙が落ちた。朱音は作詞するとき、上のページだけ破って相手へ渡す癖がある。青い紙には、筆圧で残った文字が読めた。

〈誠玄へ。友達でいれば失わないと思ってた。でも、何も始まらないまま失うほうが怖い〉

続きには、十曲目として予約されていた自作曲の題名がある。

〈返事は、歌い終わるまで待つ〉

誠玄が消した予約ではない。朱音が、自分で消していた。彼の「やめたほうがいい」を返事として受け取ったあとに。

廊下へ出ると、エレベーターの階数表示が一階へ着いた。電話をかける。朱音は出なかった。代わりに〈明日のこと、応援して〉と届いた。

受話器から店員がもう一度訊く。

「十分延長されますか?」

誠玄は複写紙をノートへ戻し、端末の〈延長しない〉を押した。