弔問点数不足
遠野環志は毎朝、父の介護住宅へ入るため受付に顔を見せていた。信用点数五八二。仕事を辞めてから点は落ちたが、家族面会の最低基準五百は辛うじて超えていた。
父の登士郎が亡くなった翌日、同じ建物の葬送室でゲートが閉じた。
《故人の最終信用点数:九一四》
《弔問者の信用点数が故人に達していません》
葬儀では、死者と同等以上に信用された人間だけが遺体へ近づける。故人の尊厳を、低信用者の虚偽や迷惑行為から守るためだという。
「息子です。最後の一年、俺が世話をしました」
環志が係員へ訴えると、返ってきたのは一枚の比較表だった。
登士郎は退職後も自治会費を期限通り払い、災害訓練に欠かさず参加していた。環志は介護離職で納税額が下がり、面接を三度辞退し、夜中に救急車を二回呼んだ。父を生かすためにしたことが、すべて自分の点数を削っている。
扉の向こうから、読経が聞こえた。
参列者一覧には、父の元上司、信用組合の支店長、十年以上会っていない従兄が並んでいた。全員九百点台。父が最期に何を食べたがったかも、どちらの肩から服を着せると痛がらないかも知らない人たちだった。
係員が端末を差し出した。
「別室から弔意を送信できます」
環志は《ありがとう》《尊敬しています》《安らかに》の三つから選ぶよう求められた。自由入力は、低信用者による不適切表現を防ぐため使えない。
父の最後の言葉は、「もう病院は嫌だ」だった。環志はそれを聞きながら救急車を呼んだ。今も正しかったか分からない。
どの定型文も押せなかった。
葬送室の扉が一瞬開き、棺が火葬炉へ運ばれていく。環志は隙間から父の靴下だけを見た。左右が違う。納棺した人間は、父が同じ色を嫌がることを知らなかった。
「待ってください」
環志が身を乗り出すと、ゲートが胸へ食い込んだ。
《弔問資格のない者による接近を検出》
五八二が五六九へ下がる。
棺は止まらない。
火葬の完了通知は、最も信用点の高い参列者へ送られた。受取人は父の元上司だった。環志の端末には、骨壺の受領資格もないと表示された。
帰り際、受付はいつものように環志の顔を読んだ。
《入館目的を選択してください》
介護、面会、配達。
「家族」という項目は、どこにもなかった。