影を刈る床屋

影は、髪より一か月遅れて伸びる。

毎月最後の月曜日、床屋では人間の散髪後に影を刈る。切った影は黒い紙袋へ入れ、本人が三日間保管すること。袋を開けてはいけない。四日目の朝に燃えるゴミへ出せば、影は新しい長さで持ち主へ戻る。

伽賀井佑真は、父の店で働いていた。父が亡くなってからも、赤と青のサインポールは同じ速さで回り、客はいつもの椅子に座った。父の担当だった客も、黙って佑真へ首筋を預けた。

影刈りには専用の鋏を使う。客の影を壁へ立たせ、耳の輪郭、肩の角、踵の余りを少しずつ切る。床に落ちた切れ端は、濡れた海苔のように重なった。客は鏡を見ながら世間話を続け、影が細くなっても気にしない。

父の影は、店の奥に残っていた。

葬儀の日、持ち主から離れたまま鏡の裏へ入り、それきり出てこない。死者の影を勝手に刈ることは禁止されているが、店の閉店時に一度だけ椅子へ座らせる決まりがある。佑真は毎晩、父の空いた影へ白いクロスを掛けた。

一年目の命日が、最後の月曜日と重なった。最後の客を送り出すと、鏡の裏から父の影が歩いてきた。髪の輪郭は肩まで伸び、髭は胸元に届いている。生前の父は短髪で、毎朝きれいに剃っていた。

「ずいぶん伸びましたね」

佑真が言うと、影は椅子へ座った。返事はない。

死者の影を刈れるのは、本人が鏡を一度曇らせた場合だけ。佑真は規則どおり待った。鏡の中央に、丸い息の跡が浮かんだ。

佑真は鋏を入れた。耳を出し、襟足を整え、父が好んだ角度へもみあげを揃える。切るたび、鏡の中だけで店が昔の広さに戻った。父の咳、ラジオの野球中継、子供だった佑真が箒を逆に使って叱られた声。どれも説明せず、床へ黒く落ちた。

刈り終えると、父の影は椅子を降り、裏口から外へ歩いた。佑真は追わなかった。三日間保管する紙袋だけが残った。

四日目の朝、袋は空だった。底に、父が使っていた櫛の歯が一本と、まだ伸び続ける細い影の毛が十三本、きれいに束ねてあった。