後ろ向きの鳥居
丹羽宗介は廃墟写真で小さな賞を取ってから、危険な場所ばかり探すようになった。次の被写体は、伏籠山の禁足社。地元史のPDFには、参道について一行だけ注記があった。
《鳥居を後ろ向きにくぐってはいけない》
宗介は意味を「帰る者が神域へ顔を向け続ける作法」と解釈した。民俗的な説明も作品キャプションに使える。
社は屋根が潰れ、鳥居だけが立っていた。境内には帰路だけを示す矢印が無数に描かれ、どれも鳥居ではなく森の奥を指している。鳥の声は鳥居の外で途切れた。宗介は胸にカメラを固定し、正面からくぐる映像を撮った。帰り際、鳥居の向こうに夕焼けが収まり、完璧な構図になった。
足跡を入れず連続撮影するため、宗介はファインダーを覗いたまま後ずさった。鳥居を後ろ向きにくぐったのは一度だけだった。
シャッターが勝手に切れた。胸のカメラには、鳥居を越えた瞬間だけ「撮影者が切り替わりました」という機械音が記録されていた。
撮れた写真では、宗介が鳥居の内側に立っていた。画像情報の撮影者欄は《こちら側》、レンズ名は《丹羽宗介の右目》になっている。連写した次の写真では、鳥居の外に置いた三脚だけが少しずつ境内へ近づき、最後には誰かがそれを持っていた。撮影者が宗介なのに、全身が正面から写っている。顔だけは後頭部だった。耳も目もなく、髪の渦が顔の中央で開いている。
帰宅後、画像をパソコンへ移すと、その一枚だけ消えた。代わりにスマートフォンの人物アルバムが同期を始めた。
《新しい人物を検出しました》
《写真32枚》
開くと、これまで撮った日常写真だった。コンビニ、駅、友人の結婚式。どの写真にも、宗介の背後からこちらを見る「後頭部の顔」が写っている。古い写真ほど遠く、新しい写真ほど近い。
最後の一枚は数秒前に自動撮影されていた。自宅の机に座る宗介を、部屋の入口から写したものだ。
人物名の候補は《丹羽宗介》になっている。
宗介が拒否を押すと、顔認証の設定画面が開いた。
《外見の変化を確認しました》
《新しい顔を本人として登録しますか》
画面上部のインカメラ映像で、宗介は正面を向いていた。
それなのに認識枠は、彼の背後にある空間を囲んでいた。
《裏側の丹羽宗介でロックを解除しました》