必中率ゼロの女王

「幸運女王に攻撃は当たらない。命中率が強制ゼロだ」

「九条理人、弓も魔法もなし?」

「棒一本で何するんだよ」

九条理人が担いでいたのは、武器屋で最も安い鉄の棒だった。

黄金賭場の最深部で、幸運女王フォルトゥナがコインを弄ぶ。彼女を対象にした攻撃は、どれほど近くても必ず外れる。床を埋める矢、壁へ刺さった槍、術者へ戻った魔法陣が、その説明を代わりにしていた。

女王は玉座から立たない。

賭場の壁には、挑戦者が置いていった幸運のお守りが山ほど吊られていた。理人は一つも持ち込んでいない。必要なのは運ではなく、女王の能力がどこまでを“攻撃”と呼ぶか、その境界だけだった。

女王は理人へ向け、親指でコインを弾いた。表なら灼熱、裏なら凍結。これまでの挑戦者には、必ず不利な面が出た。

コインは表。

床を走る炎を、理人は柱の陰へ一歩だけ避けた。そして女王を見ず、頭上を見上げる。天井には巨大な金貨型の照明が吊られ、その鎖を一本の石柱が支えていた。

「まさか落とす気?」

「でも落下物も女王を狙ったら外れる」

「違う、あいつが向いてるのは柱だ」

理人は鉄棒を横薙ぎに一度振った。

狙ったのは女王ではない。石柱の根元だった。

安い鉄棒は折れた。

同時に柱が傾き、鎖が外れ、金貨の照明が真下へ落ちる。フォルトゥナは初めて玉座を蹴って逃げようとした。彼女の顔から笑みが消えたのは、理人が棒を振った時ではなく、崩れた天井を見上げた時だった。運命を支配してきた女王にも、落ちてくる設備の重さだけは交渉できない。しかし彼女の幸運は、“自分への攻撃”にしか作用しない。老朽化した設備の事故に、回避補正は存在しなかった。

轟音。

金貨が玉座ごと床へめり込む。

薄い隙間から女王の手が伸び、最後のコインを弾いた。回転した硬貨は縁で立ち、そのまま動かなくなった。

「対象指定なしの環境破壊!」

「戦闘ログ、女王への攻撃回数ゼロ」

「鉄棒の耐久値一を使って、天井ギミックを起動しただけだ」

「幸運を倒したのが整備不良なの、ひどすぎる」

理人は折れた棒を拾い、値札をカメラへ向けた。八百ゴールド。

配信サイトの上部で、切り抜きの題名が書き換わる。

【命中率ゼロのボスを、八百ゴールドの事故で倒した男】