悪魔の声で歌う
祭壇の下では、百人の子どもが鎖につながれていた。
戴冠式の聖歌が終われば、彼らの命は新王の寿命へ変えられる。歌姫ネリサは壇上に立ち、喉の奥の悪魔カルヴォスへ息を送った。
契約によって、悪魔の声で歌った命令は、聞いた者を必ず従わせる。ただし一節ごとに、ネリサ自身の声が一音ずつ悪魔のものへ置き換わる。すべて置き換われば、人の声には戻れない。
第一節。
「衛兵よ、鍵を床へ置け」
低い和音が聖堂を揺らし、衛兵たちの手から鍵が落ちた。ネリサの声から、柔らかな高音が一つ消えた。
第二節。
「司祭よ、地下扉を開け」
祭服の男たちが震えながら閂を外す。喉に鉄を擦るような響きが混じる。
第三節で子どもたちの鎖を解かせ、第四節で外へ歩かせた。新王アシュメは王冠をつかみ、耳を塞ぐ。
「歌を止めろ!」
ネリサは第五節を歌った。
「王よ、耳から手を離せ」
王の指が勝手に開く。
残る人の声は、幼いころ母から習った子守歌の一音だけだった。これを失えば、弟が姉だと分かる声も消える。
しかし王の胸には、儀式の契約印がまだ光っている。子どもたちが逃げても、遠くから命を吸える印だ。
ネリサは最後の一音を手放した。
「王よ、自らの印を裂け」
声は地の底から百の喉が唱えるように響いた。アシュメは悲鳴を上げながら胸を掻き、黒い印を爪で剥がした。王冠が砕け、地下の子どもたちの頬に色が戻る。
聖堂には静寂が落ちた。
逃げ遅れた弟が階段を上がり、ネリサへ駆け寄る。
「姉さん?」
彼女は安心させようとして、いつもの調子で「大丈夫」と言った。
出たのは、男とも女とも獣ともつかない重層の声だった。燭台の炎が逆立ち、石像の口から血が流れる。弟は一歩退いた。
ネリサは喉へ手を当てる。皮膚の下で何本もの声帯が蠢き、舌は根元から黒くなっていた。
カルヴォスが彼女の口で笑う。
「よい歌だった。これからは、私たちの声だ」
子どもたちは全員、生きて聖堂を出た。
最後に残った歌姫だけが、もう自分の声で勝利を伝えられなかった。